2017年03月15日

アッセンブリー京都教会 村上密氏の「デマによるマインド・コントロール」に注意!(2)

また村上密氏がデマ文章を書いた。(3月3日付け「遍歴」である)


 誹謗中傷も甚だしい。

 
 そして、書かれた本人が「削除」を要求すると、その日のうちに「記録」と題し「今回の記事が相当嫌なようだ」と “的外れ” な推論を書いている。



 私(山田博)の妻(晃美)は「統一教会」で洗礼を受けていない(献身していない)し、信者でもない。また、「小島武」氏にも、傾倒していたことは全くない。どこから聞きつけ「推測による断定と断罪」をして、デマ文章にしたのか知らないが、誹謗中傷であり非常に迷惑である。まして「統一教会」のことについて言えば、村上密氏が妻に向って「(統一教会には)入ったことにはならないですね。」と語ったことを忘れているとは、誠実さを欠いていると言わざるを得ない。(この発言に当然、証拠は無い。1995年の阪神大震災で、当時、神学生であった妻が、その救援にと関西に派遣されたときに、村上密氏に身の上を話した時の会話だからである。)



 そして、今回も「根拠無し」のデマ文章である。 また、妻からの電話を受けて「誹謗中傷とのことであるが、事実無根とは言っていない。」という。「誹謗中傷」から、何で「事実無根とは言っていない」という結論に至るのか? この言葉(文章)の中に、村上密氏の悪い癖である「推測による断定と断罪」が出ていると言ってよい。 そして、こういうところに「村上密氏の “デマによるマインド・コントロール” 」が隠されているのだと、「村上密ブログ」 並びに 「現代の風景 - 随想 吉祥寺の森から」の読者に注意を促したい。



 ちなみに「現代の風景 - 随想 吉祥寺の森から」の記事もデマが記されているので、注意が必要である。例えば、2017年3月7日の記事で言えば、「鳴尾教会に着任してから、一部の信徒と対立が激化。対立信徒を所属会員の別帳に分離し、教会総会を開催して教団から離脱する決議をなし」であるとか、「彼女はかつて民族主義の右翼として著名な小島武に傾倒していた時期がある。」と言う文章。まず、教会総会前に別帳に分離された信徒は一人もいない。そして「小島武」氏にも傾倒していたことは無い。(小島氏のことについては、村上密氏の文章を読んでそのまま鵜呑みして書いたのであろう。)いずれにしろ、デマ文章である。当ブログを読み、また、村上密氏にも確認をすれば分かることである。私たちと関係がないのに、よく断定した言葉を記せるものである。



 更にこのデマ文章は、私たちが鳴尾教会に着任して早々に信徒と対立したかのような印象を与える文章であることにも注意したい。もし、そのような意図を持った文章であるとするならば、これも以前から当ブログで語っているように、事実に反している。 教会総会前から(総会すら)とても平和的に行われ、ギスギスした関係(対立など)は無かったからである。事実を確認せずに「対立」という言葉を使って、混乱が以前からあったように印象付け、相手の品性を下げようと図る「村上密氏」や「吉祥寺のブログ主」の発言は注意が必要である。



 いずれにしろ、このような村上密氏や吉祥寺のブログ主の誹謗中傷・迷惑文章は10年以上にもなる。いい加減、止めていただきたい。



 当鳴尾教会役員会は、今回の村上密氏の文章を発端として、村上密氏の所属するアッセンブリー京都教会「役員会」宛てに、(これまでの文章を含めた)「抗議並びに要求書」を提出し、削除を求めている。京都教会役員会として誠実に、要求書に対する返答を願うものである。



 そういえば以前、村上密氏から当鳴尾教会役員会宛に「通知書」と「質問状」が届いたことがあった。あまりにも一方的で自論を強調するので返答をしなかったのであるが、私たちの要求書はそれと同じではない。 当時、もしかすると村上密氏は「山田が手紙を握りつぶした」と思ったかもしれないが、当役員会で審議した上で返答しなかったのであって、理由無しに返答しなかったのではない。



 「通知書」は墓地の関係で、まだ「話しが途中の段階のもの」であったにもかかわらず、村上密氏の推測による勝手な解釈による書面であった。例えば、当教会の墓地会計は「基本財産に “設定されていない” 普通財産」であるにもかかわらず「墓地会計」は「基本財産として指定された寄付金」だと主張し、「墓地会計は基本財産」だから勝手に動かすことが出来ないものだとか、「公告」は「鵯越の墓地使用者」に利害が発生する場合に成されるものであって、単なる新墓地購入ということに関しては、村上密氏は全くの部外者であるにも関わらず、墓地に関する情報が「公告」を通して「鵯越の墓地使用者」に示されていないとか、論理性を欠き、規則についての理解がしっかりとなされていない書面だった。



  * ちなみに「基本財産」は、教会規則の「基本財産の設定及び変更」の手続きを経て、初めて基本財産に 「なることが出来る財産」 であって、その手続きが成されていなければ、「すべての会計」は「普通財産」であると言ってよい。 とは言っても、基本財産に設定できるのは、土地や建物その他の不動産や永久保存の目的で積立てた財産、基本財産として指定された寄付金などである。(設定できる項目も教会規則に記されている。)・・・・村上密氏は明らかに「規則の読み間違い」をして通知してきたのである。



  * 「基本財産」についてもう少し付け加えるならば、宗教法人を有する教会は、教会の「財産目録」を毎年、県庁へ報告しなければならず、各教会の総会議案書にも財産目録として報告する必要がある。そして、基本財産を設定しているならば「基本財産」と「普通財産」を区別して、教会の会員(総会議員)に分かるように、議案書に記すことが求められる。(基本財産は、それほどに重要な財産であるということ。)  表記の仕方は簡単である。 基本財産が有れば「基本財産・・・(名称)と(金額)」、無ければ「基本財産・・・無し」と言う一文を、財産目録の最初の項目に記せば良いのである。  ちなみに、京都教会に通っている信者の話では、京都教会の総会議案書には「基本財産」と「普通財産」の区別すら無いと言うことだ。 当教会に対して「通知書」を送っている場合ではない・・・。




 また「質問状」は村上密氏が私たちに対して「牧会倫理規定違反」と中傷していた頃だった。 当時、この件については「当役員会と教団理事会」が話し合いをしていたのであって、教団理事会が「名張教会担任教師の津島氏の代理人」と称する村上密氏については、教団の慣例にもない“代理人による訴え”を認めていなかったこと、また、話しの窓口は教団理事会であって、理事会が認めていない窓口に対して返答したら、話しがややこしくなると言う役員会決議によって、返答をしなかったのである。(ちなみに津島氏からも“全く同じ”「質問状」が届いたが、理由は似たようなもので、理事会を通しての質問上ではなかったので返答はしなかったのである。)



 
 最後に、今回の「抗議並びに要求書」は、当教会役員会から京都教会の役員会宛である。 代表役員の長澤聖志氏と村上密氏によって「話しが役員会に伝わらない」ということが無いことを、そして、理由なくして返答がないということが無いことを祈るばかりである。



 鳴尾キリスト福音教会の案内については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

 
posted by Naruo at 18:36| 日記 | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

アッセンブリー京都教会 村上密氏の「デマによるマインド・コントロール」に注意!(1)

以前、このブログで村上密氏に対し「これ以上ブログに書いても恥をさらすだけだ」(2015年9月9日付け)と文章の最後に書いたが、そこまで読んでいない・・・のか?

 やはり自分が間違っていたから裁判 “にも” 負けたと認めたくないためか、自身のブログで頻繁に山田の悪口を書いている。


 ここまでくると、読者に対して「山田は悪いやつだ」「鳴尾教会には変な牧師がいる」とデマを配信し続け、読者を「マインドコントロール」しているとしか言いようが無い。


 あるところの文章に「マインドコントロール( Mind control)とは、他人の考えや情報をコントロールし、個人が意思決定をする際などに、特定の結論へと誘導する技術を指す言葉であると言われており、別名で「マインドコントロール理論」と呼ばれることもあるようだ」とあった。



 読者の「村上密氏に対する信頼の前提」は何か?


 多分 「村上密氏は多くの人を助けている。だから善良な人。そういう人はデマ(嘘)を言わない。そして、村上密氏が「あの人は変だ」と言ったら、“私が調べなくても”「あの人」は変だ」という思い込みがある。


 裁判を仕掛けてきた教団離脱反対信者(現在のアッセンブリー教団 鳴尾純福音教会(伝道所)に通っている信者)は、裁判の途中で「村上先生がいるから大丈夫よ!」と言って、法廷に入って行ったことを思い出す。


 その村上密氏に対する信頼に「根拠の明確さは吹っ飛んでいる。「あの村上密氏が言っているのだから」と。ここが危険なところである。特に「代理人」として村上密氏に依頼している場合は、依頼する側は村上密氏に頼り切って、自ら根拠を示し、良し悪しの判断することを止めてしまう場合がある。今回の教団離脱反対信者のように。



 村上密氏は今年に入って1月12日と6月27日の2回もデマによる悪口を書いている。「村上密氏のデマによるマインドコントロール」に陥らないように、(1月12日付け)「「除名に相当する解任」を受けた山田博・晃美夫妻のその後」と(6月27日付け)「鳴尾キリスト福音教会 NOW」について、後日、反論をする。



 さて、先日、全く面識の無い方から電話があった。内容を一言で言うならば「先生大変でしたね。村上牧師の発言に負けず、これからもがんばって下さい。」ということだった。


 その方が電話をかけてきた経緯はここでは語れないが、この方の言うには 「村上牧師のブログと鳴尾教会のブログを読み、最初は村上牧師の語っていたように危険な牧師夫妻がいるのだなぁと思っていたが、鳴尾教会のブログを読む中で、鳴尾教会と山田牧師(ママ)は根拠を挙げて反論しているのに対して、村上牧師のブログは根拠とする言葉が少なく、明らかに自分の言いたい主張だけで、単に中傷するだけ・・・。そう考えると、むしろ村上牧師の言葉は本当なのか?ということと、逆に山田牧師は長い間ずっと批判され、言い掛かりのようなことを受け続けて、大変な中にいらっしゃる」と。初めてこのような直接の言葉をいただき、本当に有難く、感謝な電話であった。


 私はこの方との話しの中で、このブログの第一義的な目的についてお話しをさせて頂いた。(「村上氏の発言にいちいち答えるのは、時間や労力がとても掛かります。大変迷惑な話しですが」との前置きをしながら・・・。)


 問題が起こった場合に、その原因となる背景は一方的、表面的ではなく、多面的である。そして、今回の村上密氏や全く面識も関係も無い吉祥寺のブログ主の、さも一緒にその場に居合わせたかのように語る言葉が真実だと思われ、一方の言葉だけが歴史に残ってはならない。 多面的に、すなわち両者の言い分が「根拠のある発言のもと」に残されなければならない、と。 そこから生まれたのがこのブログである。



 一番の問題は、村上密氏が「根拠を示さず」あるいは「物事を飛躍して」相手を非難していると言う点である。このことは、このブログで何度も語っていることである。そして、村上密氏がデマを書くので、こちらも間違った歴史が刻まれないように筆を取るわけである。 



 基本的な事として、牧師としてデマ(嘘。特に根拠が示されない事柄)は良くない。不穏等発言は注意喚起する必要がある。その役目を担うのは各団体の責任者である。今回の場合は、「アッセンブリー京都教会」並びに「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」の責任役員である。



 しかし、京都教会は、通っている信者の話では、仕方が無く何年も役員を同じ人がやっていたり、他からの脱会信者(村上密氏に恩がある人)が役員のほとんどを占めたり、村上密氏にものを言う人はいない。言わばイエスマンばかりという。


 現在、村上密氏は主管者ではないが、村上密氏の考えが新主管者を通してそのまま反映している。


 そう言えば、村上密氏は以前、鳴尾教会の責任役員は山田に対してイエスマンばかりだとなじったことがあったが、“ご自分こそ”がそういう立場になっている。



 しかも、今年の信徒総会では、役員である家族を不当に解任され、排除されたとして元役員がすごい剣幕で、現在の主管者である長澤氏に問いただす場面があったようだ。理由は、あまり公表されなかったようであるが、ただならぬ何かがあったようだ。話しの流れでは、役員が解任された時、教会内にはまだ、新教会規則は有効ではないという認識があったという。そして、旧教会規則には役員解任条項がないというのに、その役員に対して職務放棄を理由に役員会で議決、解任し、代務者を立てずに、役員会報告を信徒にしたという。(新規則では、解任には役員会と信徒総会での議決が必要とのこと。)

 
 これは明らかに教会規則違反である。


 村上密氏は自身のブログなどで「規則に基づく教会運営を」と公言しているにも関わらず、ご自分の教会で規則違反が起こっていると言うのはどういうことか。 まして、私たちに対して「信徒を傷つけた」風のことを言って誹謗中傷しているのに、ご自分の教会での「この役員」への対応はどう釈明するのか? おかしな話ではないか。 人様のことをとやかく言う前に、自分のことを正さなければならない。


 それにしても、あと、2ヶ月足らずで役員改選(信徒総会)というのに「職務放棄による解任」とは実に「配慮に欠けた対応」であると言える。


 「配慮に欠けた対応」とはどういうことかというならば、責任役員が欠けた場合、教会規則により「代務者」を選ばなければならない。しかし京都教会は、1名欠けた責任役員の代務者を「任期が短いから」と言う理由で立てなかったのである。 ということは、役員会は最後まで1名を欠いたまま行うということなのだから、わざわざ解任をしなくても良かったということである。 信徒の話では、解任させれた信徒(元役員の家族)は「解任」させられるほどのことをしたのか疑問が残ると言うのである。 これは明らかに元役員への報復的な措置と思われる。 また、役員会でいろいろあって、ショックを受けて休んだ(これが「職務放棄」とされた)役員に対して、「解任された人」と言うレッテルを貼り、さらに精神的に追い込んでいる。



 村上密氏のブログで、どこかの教会の教会監事が自殺したと言う記事が記載されている。その件に村上密氏は関わって事件の内容を知っているようだか、ご自分の教会でも自殺にならなかっただけで、似たような事件が起こっているではないか。



 京都教会は、村上密氏を含め少なくとも7人の牧師、伝道師、協力宣教師がいるようだ。そして、これらの人たちを教会の献金でまかなうわけだが、京都教会は教会を支える基本収入である“経常献金(什一(月定)献金と席上献金と感謝献金)”の約70%をこれら人件費で使い切っている。さらに、信者の話では、特別会計から別の名目で支払われているものを含めたら全体の80パーセントが人件費ではないかとも言われている。教会全体の収支に対してアンバランスだという役員がいてもおかしくないだろう。そして、それを語ったのが元役員である。経済が苦しくて人件費が経常献金の70%というのではない。1000万円以上もの収入に対して、少なくとも7人もの人を雇い70〜80%を使い切ってしまうのである。
(この元役員は新主管者(背後に村上密氏が支えている)に煙たがられたようだ。)


 働き人には確かに生活の保障が必要である。しかし、教会の財政健全化を提案している者に対して、教会は働き人に対する謝儀をしっかりと確保する、アンバランスであっても当然という前提で圧力をかけたら役員は引き下がらざるを得ない。まして、引退教師である津村昭二郎氏も、昨年それを発言したというから、信徒は何も言えなくなったであろう。責任役員は「正当性」を主張しているようであるが、伏せられた実態が存在している。



 また、村上密氏は宗教法人法をしっかり理解していないと考えられる。教団理事会は鳴尾教会が離脱する前に、鳴尾教会の主管者を山田から教団理事長に変更したと公表した。村上密氏は、その実態が無いと教団理事会をブログで非難したのであるが、何故に教団理事会が動くことが出来なかったか村上密氏は理解していない。教団理事会が動けなかったのは法人法第78条があって、山田に対し、強引に主管者(代表役員)職を解任することが出来ないことを“ようやく知った”からである。 村上密氏はこの法人法が有効であることすら認識できずに、理事会を非難しているのである。



 さらには、自身が主管者(代表役員)であったときに、教会規則を変更して、京都府知事に認証してもらったが、法務局に変更登記を怠り、新主管者のもと旧規則で信徒総会を宣言し行っていたと言う。 先の元役員の件で、その間違いに気づき、法務局に変更登記を行ったらしいが・・・。 元役員の発言が無ければ、アッセンブリー京都教会は、ずっと「旧規則で・・・」と教会運営が行われ続けたことだろう。


 しかし、宗教法人法をしっかりと理解している人であるならば「旧規則で信徒総会を」と宣言して行うこと自体、考えが間違っていることに気が付くはずである。 何故かならば、新規則が有効になるのは、知事の認証を受けた時点からであって、法務局に変更登記をしたか、していないかは、信徒会議には全く関係が無いからである。 このことも村上密氏は解っていなかったようだ。


 何よりも、変更登記を長期間ほったらかしにしていたと言うことが問題であろう。 宗教法人法によると、法務局への規則の変更登記は2週間(場合によって3週間)以内である。怠ると裁判所から過料(反則金:今回は軽微)が言い渡される場合がある。今回のアッセンブリー京都教会は、法人法第88条の9項に該当する処罰対象と考えられる。(内容によって、過料に処せられない場合もあるが。) その場合、過料は村上密氏ではなく、新しい主管者(代表役員)である長澤氏に課せられる・・・なんとも情けない話し、長澤氏には「お気の毒」な話しである。(なお、過料は代表役員個人に課せられるので、教会の経費で落としてはいけせません。)


 さらに考えると、新規則の変更登記が今年(2016年)の信徒総会の時点でなされていないと言うことであるから、昨年(2015年4月)に代表役員が村上密氏から長澤氏に変更になったことに対する知事への届出や法務局への変更登記もなされていないであろう。何故かならば、代表役員の変更登記をした時点で、新規則も変更登記しなければいけないと気がつくはずだからだ。もし、代表役員の変更登記がなされていなければ、変更登記後にまた、裁判所から過料が課せられる。(当然、長澤氏にである。)これが、法律を知っているかのように振舞ってきた村上密氏の実態である。


 宗教法人を持っている教会は特に注意しなければいけない。


 そう言えば、私が “教団を離脱する際に対応したアッセンブリー教団の理事者たち(*)”も宗教法人法に精通している人がいなかったのを思い出す。 例えば、教団理事長の細井真氏が文部科学省に審査請求をした内容(当ブログ2011年3月3日の記事参照)の「4.信者に対する公告及び教団に対する通知について」を見ると良く分かるが、法人法を理解していたら、こんな恥ずかしい請求(山田が手続違反をしているという請求)はできない。(ま、このような状態であるから、パワーハラスメントで迫ってきたのであるが・・・。)


   *(誤解がないように)アッセンブリー教団の“歴代の理事者”全員が法人法に精通
    していなかったと言うことではない。


 また、前任者の津村昭二郎氏は40年も教会を牧会し、神学校の法律の教師もしていたが、山田の悪口文書を、法人法を理解していない文章を書いて、多くの教職に送っていた。今から考えると、このような人が法律の教師だったのかと思う。その上、アッセンブリー教団は、神学校卒業年順に(精神的)上下関係(先輩が絶対的優位という関係)があった教団だったので、その名残で、圧力(パワハラ)をかけてくる牧師もいたことを思い出す。(特に年配の牧師間では。) 村上密氏自身がブログで、自教団は自浄作用が低いというのもここに原因があるのだろうか?


 さらに、村上密氏はブログ文章と矛盾する信仰?教理?があると私は考える。自身のブログ「困難に対する心構え」(2016年1月15日)で「神が知恵と力、助成者を与えて下さる、問題を克服させて下さる・・・自力の考えではなく、全能者(神)が助けてくださる信仰を持って取り組んできた・・・」と、神の名を用いて、とても読者の心をつかむような文章を書いているが、実際はどうであろうか?


 鳴尾教会の問題を考えるときに、


 @ 村上密氏に依頼した名張教会の担任教師並びにその担任教師に与(くみ)する信者は「山田がシュタイナーの踊りを教会で教えていた」とか「山田が背後で信徒と連絡を取り合い、名張の担任教師(津島氏)に対して中傷を続けた」と嘘の証言した。これを村上密氏は見抜けなかっただけでなく、嘘だとわかっても嘘を容認し、対処を怠った。


 A 私(山田)を訴えるために村上密氏に依頼した教団離脱反対信者も(当ブログですでに明らかになっているように)嘘の証言をもって裁判をしてきた。ここでも村上密氏は信者が嘘をついたとわかっても嘘を容認し、対処を怠った。


 B 更には、裁判を担当した京都の弁護士は、京都弁護士会から別件で「弁護士としての品位を失うべき非行に該当する」として、こちらの裁判で第2審の判決が出る1週間前に戒告という懲戒処分を受けた人物であった。


 これらが神の助けの中で行われてきた事なのか。私にはそうは思えない。「全能者(神)が助けてくださる・・・」ではなく、明らかに村上密氏自身の「自力の考え」、自己義が先行したからこその結果である。(自己義とは、村上密氏自ら「正義と自己義」(2015年9月11日付)としてブログで書いている。) 


 逆に聞きたい。一体どのような指導をすると信者は嘘を平気で語り、裁判に勝てるかのような錯覚を持つのか?一概に断定はできないが、もしかすると、ここに「村上密氏のデマによるマインドコントロール」があったのではないか?そう、言わざるを得ない。


 しかし、それぞれの団体の品位を保つために、村上密氏のデマ発言を止めなければならない。本人が、品位を落とし、デマを語っていることに気づいていないかもしれないからである。村上密氏は以前「アッセンブリー教団の危機」(2011年11月〜12月)と題して、ブログ記事を書いたがその中に「私は無実ではなく事実を書いている」と記しているが、きちんと根拠を調べないでそのまま相手を攻撃するからデマが生まれていると本人は気づいていない。あるいは、周りの注意する人の声が聞こえないほど心が狭くなってしまっているのか。いや、もっとこれは大きく想像を膨らませ「山田が大変迷惑だと感じているところに快感を覚えて」(笑)文章を書いているのかもしれない。 


アッセンブリー教団には倫理規定がある。そろそろ村上密氏に対して行動を起こす時期ではないか? そこに期待はできるのだろうか? 


 いずれにしても、村上密氏は、これ以上、自身のブログに私のことを書いても恥をさらすだけだ。


 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/


posted by Naruo at 17:34| 日記 | 更新情報をチェックする

2015年09月29日

山田に対するアッセンブリー京都教会 村上密氏の発言

 村上密氏が私(山田博)の言葉に反応して文章を書いている。(「山田博氏はどこに立っているか」(2015年9月15日付)
  読む方々に誤解が生じないように、反論をしておく。


1.村上密氏の記事には、その発言の根拠となる言葉がない
 

  この村上密氏の文章の最後で「この記事は過去にあった事実と発言に基づいて書いている」というが、この発言は村上密氏自身の立場から考え出されたブログ文章でありデマが存在していることをお伝えする。そして、「村上密氏の文章にはデマがある」からこそ、この「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」のブログが存在しているといってよい。


@ 「教会員を情報操作した」という根拠がない。

   教会員を情報操作した証拠はどこにあるのか?村上密氏は語っていない。

  教団離脱反対信者は「山田が情報操作した」として結果的に裁判を始めた。しかし、教団離脱を決議した臨時信徒総会の録音したものを山田が裁判所に提出したことによって、教団離脱反対信者が嘘をついていたことが明らかになった。総会で情報操作が無かったことが裏付けられたのである。(この事実はこのブログで何度も語っていることである。)だからこそ、教団離脱反対信者は裁判に勝つことが出来なかったのである。


 むしろ、裁判をあおったのは誰か?それは、村上密氏である。 そして、「山田は悪いやつだ」と信者の中に深く思い込ませたのも、村上密氏である。

 村上密氏は「名張教会が甚大な被害を受けた」と何度も教団内で語ってきた。(これは私の想像だが、村上密氏は離脱反対信者に対しても同じ言葉で、山田は悪い者だと信じ込ませたのではないか)


 「甚大な被害」とは何か?その内容を離脱反対信者は知らされているのか、また、甚大な被害というがそれを防ぐことが出来なかったのかという質問をしたのか?村上密氏はたくさんの文書を教団内に配布してきたが、その中で「甚大な被害」の内容を語っていない。


  そう考えると、信者に対して「情報操作した」のは山田ではなく村上密氏である。そして、村上密氏流に語るならば、村上密氏のブログ自体がデマであり読者に対する「情報操作」となっている。


 ここで注意したいのは、山田が「村上密氏のブログ自体がデマであり読者に対する「情報操作」」と発言するのは、以前から語っているように「山田並びに当教会に関係する村上密氏の発言」という限定した範囲の事である。村上氏は多くの事件と絡んでいるので、当教会とは別の事件に関係する村上氏の発言について、私は全く知らない。よって、この事を前提に読んで頂きたい。



 A 「責任逃れをした、卑怯な人間」という根拠がない。また、読者には分からない。

  一体、山田は何について「責任逃れ」をしたというのか?また、何をもって「卑怯」と言えるのか?ここも村上密氏は語っていない。


 これは村上密氏の単なる感情的な発言であり、「山田を悪者」にしようとする情報を読者に与えようとして語ったものである。


 B 「日本基督教団に加入するとしたら、信仰的転向と言える変化」といえる根拠がない。

 村上密氏は日本基督教団がどういう教団であるか、全く理解していない。
それとも、あえて読者をある方向へ誘導しようとしているのか。


 そして、自分たちが私たちに対して何をしてきたか自覚すらない。


 ペンテコステと主張している村上密氏をはじめアッセンブリー教団理事会が、聖霊の麗しさ(ペンテコステの恵み)も吹っ飛ばして、冷静に話し合う事も出来ず、最後は人間的なパワーハラスメントで山田を排除し、さらには鳴尾キリスト福音教会の信者に対して心の傷を与えた“そのペンテコステに” まだ、「こだわれ!」とういのか?よく言えたものである。 全く「井の中の蛙」と言わざるを得ない。


 しかしながら、今まで信じてきた信仰を変える事は出来ない。それは混乱をもたらすからである。しかし、私たち夫婦は、教会というものは旧約時代からの神の民の歴史(信仰)を担うものとして、また、教会が強固に発展していくために、いずれどこかの群れ(教団)に属す必要があるのではないかと考えている。


 しかし、その場合においても、教会全体における「合意形成」(話し合い)を忘れてはならないと考えている。


  第1に、私たちの今持っている信仰はキリスト教の各教派の中でどの位置に立っているのかなどの現状の把握をすること
  第2に、各教派の違いはどこにあるのかという学び
  第3に、各教派におけるメリットとデメリット、また会計面やその他の検討
  第4に、単立で良いのか、加入が必要かという次元での話し合い


 このような検討(話し合い)の中から教会としての合意形成ができて初めて、単立で進むのか、教団に入って教会運営を続けていくのかという道筋が必要であると考えている。



 C 「阪神間の牧師会を、着物を脱ぎ捨てるように、そこを去るだろう」という根拠がない。

 何でそんな発言ができるのか全く理解不能である。そして、阪神間の牧師会の事を知らない村上密氏が何を語ることができるというのか。


 ここにも村上密氏の「推測による断定と断罪」という悪い癖が出てくる。


 例えば、日本基督教団に加入すると阪神間の牧師会から何故に去らなければならないのか?


 日本基督教団が排他的というのか?神学や信仰的立場が違うから去る必要があるというのか?一体何をもって「去る必要があるのか」理由が分からない。

 阪神間の牧師会では、日本基督教団に関係する牧師もいるし、献金をもって支えて下さる教会もある。村上密氏はいい加減で失礼なデマを語っている。また、日本基督教団に対しても大変失礼な発言をしている。


 村上密氏の「推測による断定と断罪」発言は名誉を毀損する誹謗中傷であり罪である。


 アッセンブリー京都教会の役員会は、村上密氏に対して不穏当発言を注意勧告する立場にある。それが出来ないとするならば、アッセンブリー京都教会は村上密氏が嫌っている教会に成り下がっている。



2.「ある教会に対して起こした問題」と村上密氏は語るが、本当に問題だったのか?


 村上密氏はかつて山田の問題は「関西牧会倫理規定違反」と「シュタイナー容認問題」(2012年1月31日)といっていたが、冷静に考えてみるならば、両方とも村上密氏が騒ぎを大きくしただけで、問題ではなかったと結論できるのではないか。


  まず最初に「シュタイナー容認問題」については、今や「村上密氏が主張しているだけ」である。


 教団から最終的に山田に対して処分が下された時「シュタイナー容認」については、一言も言及されていない。村上密氏は山田が「シュタイナー容認問題で教団から追及され」ていたというが、これも村上密氏のデマである。


 教団理事会は「シュタイナー容認」に対して、早くから「誤認に基づくもの」とし、2008年には「問題無し」とする文書を私たちに送ってきた。


 これで終わりかと思った矢先(2008年11月)の教団総会に(教団監事の柏崎氏を始めその他、誰かが主張し、その言い分が通ったらしい)シュタイナーの問題が再度出された。2009年1月に私たち夫婦は教団理事者に呼ばれ、教団事務所で理事会判断を聞いたが、当時の担当理事者は、2008年の発言が覆ったことに対して証拠を挙げることなく「ちゃんと調べていません」とだけの発言であった。「容認の事実は無かった」のである。結局、大きな声を張り上げていたのは村上密氏だけであった。村上密氏は「山田はシュタイナーを容認してきた」と、いろいろなところで名誉毀損に類する誹謗中傷発言を繰り返しているが、その発言は間違っていることに未だに気づいていない。


 また、「山田が関西牧会倫理規定に違反した」というが、これも何回も語ってきたことである。教会を辞めてきた信者を、まだその教会の会員だからと拘束し、これをもって山田を責めてきた名張教会担任教師(津島氏)並びにその代理人と称する村上密氏と理事会は問題であると言わざるを得ない。(当時、この事を主張することが出来ず、相手側(津島氏)の強烈な主張によって、謝罪する事となったのであるが。)


 当教会の役員が言っていた事は本当だった。「謝罪したら、後々まで言われ続ける」と。村上密氏は「山田は謝罪した」だから悪者なんだと。「謝罪したのが証拠だ」と教団内外で語ってきた。理事会もそうである。


 しかし、何度も言うが「教会を辞めてきた信者に関わった」ということに対しては何も回答をしていない。そこがズルイところである。村上密氏や教団理事者は言うだろう「教会を辞めてきた信者であっても、正式な書式に則って教会に告げられていない」と。それは詭弁であるし、そう言うところに村上密氏のようなダブル・スタンダードで生きる人が生まれる。



3.そもそも、名張問題が出てきたのは、山田が名張から他へ転任になってから約5年も経ってからの事である。


 理事会は私たちの処分の内容の中で「教理上の問題を惹起した」というが、シュタイナーの幼稚園ができたのは、山田が名張から転任した後である。転任する前に、確かに幼稚園設立に関して「どういう幼稚園がいいのか」などを聞いて、幼稚園経営をしているアッセンブリー教団の教会に相談や調査もした。幼稚園経営者は時間を掛けて調べ考えた末、シュタイナーの教育方法が子どもの発達に良いと結論を出し、幼稚園を設立したのである。そして、キリスト者として、この幼稚園を通してキリストの愛を伝え、教会に結び付け、伝道の一つとしてやっていきたいという志があったのである。だから、幼稚園に通う子どものお母さんを名張教会に誘い、その方は洗礼まで受けたのである。


 それを、「(絶対に問題とするならば)シュタイナー幼稚園経営者である信徒を対処出来なかった」担当教師である津島氏や主管者である大塚氏の対応については棚に上げて、山田の責任だとし、挙句に「シュタイナー教育を志すものに洗礼を授けたから問題だった」など、約5年も経ってから問題視することなのか? 当時、牧会をしていた山田の周りには、何年も牧師をしてる(関西教区の)牧師方がいたのに、その時は何も対処せず、転任してから数年後、幼稚園経営者が教会を辞めたと言ってきて、慰め、再度、神の前に礼拝をしようと手を差し伸べた途端に、牧会倫理規定違反というのか? 責めてくる方がおかしいと言わざるを得ない。


 また、シュタイナー幼稚園ができた時、それは山田が正教師として按手礼を受けるずっと前、神学校を卒業し、伝道者になって数年の時の話である。だから、当時は「主管者」という、伝道者を助け教会を主に監督する者が教会のトップにいた訳である。シュタイナーが問題だと感じたと言うならば、主管者の大塚氏は何をやっていたのか? そこはまったく問題にされないのである。シュタイナー幼稚園から導かれた方の洗礼を授けたのは主管者である大塚氏である。(村上密氏や教団理事会がこんなに事を大きくしたからには、)主管者である大塚氏がいくら「私は知らなかった」と言ってもそれは嘘。山田だけが問題だと言うのは「団体としての倫理観の低さ」を示すものである。


 約5年である。山田が名張教会から別の教会に赴任して、名張教会に新しい伝道者が来る。新任の牧師は、1年は教会の内情など分からないことばかりで終わるだろう。その間、主管者の大塚氏はシュタイナーのことについて何も指導していないし、危険ならば排除も出来たはずであるがその行動もない。そうこうしているうちに2年目が過ぎた。3年目に新任の伝道者が結婚し、名張教会は津島氏夫妻と主管者である大塚氏で牧会がなされたのである。一体何をやっていたのか? 実におかしな話である。 そして、このような点をも考慮に入れず、また中立な立場での調査をしないで、山田をパワハラで処分して終わりにする教団理事会は、明らかに瑕疵(過失)があると言わざるを得ない。


 関連として。村上密氏は以前ブログの中で、幼稚園経営者が「山田を物心両面で支えた」人物であると書いていた。さも山田がシュタイナーに傾倒しているかのような書き方がしてあったが、あの言葉もデマである。幼稚園経営者とは牧師と信徒との関係であり、礼節ある関係であった。馴れ合いの関係はない。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/
posted by Naruo at 11:23| 日記 | 更新情報をチェックする

2015年09月09日

当教会に関するアッセンブリー教団 村上密氏の発言(4)

 村上密氏がまた、当鳴尾教会に けち を付けている。(8月24日付ブログ) 昨年の同じ頃に書いていたのを思い出した。調べてみると、やはりあった。継続的に鳴尾教会(あるいは山田)を卑しめる事で、自分の気分を満足させ、自分は悪くないと主張するために改めて語ろうとしているのだろう。もはやキリストから遠くに生きている者の姿である。それにしても全くしつこい。そして、裁判で敗訴したのに見苦しい。
 今回も誤解が生じないように、以下に反論をしておく。

 1.「以前」とは「離脱した後から」という意味である。

 村上密氏は語る『「以前と変わりなく」は、鳴尾キリスト福音教会は7年半成長していないと言い換えることができる。』と。

 実に失礼で、短絡的で、浅はか、幼稚な結論の付け方である。村上密氏は教会の成長を 数 でしか見ていないようである。とするならば、アッセンブリー教団内の教会に対してもそのような目で見て、蔑んでいるのだろうか?

 鳴尾教会は教団を離脱してからも洗礼式が行われ、新しい魂も導かれている。以前にブログに書いた通りである。鳴尾教会に来た事もなく、実情も分からないのに、勝手な物言いである。

 ご自分の思い通りに山田や鳴尾教会がならなかった悔しさ(恨み)か。このように自身のブログで けち をつけ、近隣の教会と同じように礼拝や教会の営みが行われている鳴尾教会に 人々が来ないように 、 ここで救われる人が起こらないように語る村上密氏。これって村上密氏の逆恨み?あるいは心が疲れてズレているのではないか。まるで新約聖書に出てくる律法学者のようである。


2.村上密氏は信徒数に関して実情を知らずに間違って指摘している。

 村上密氏はまた「山田氏の赴任前の5年間は(1998年〜2002年)の信徒数は平均130名程、赴任後は、2003年は94名、2004年は89名、2005年は69名、2006年は69名、2007年は63名である。」と。そして「どのような牧会をするとこのような急激な信徒数の減少が起きるのだろうか。会社であるなら不利益をもたらしたとして解任である。」と語る。

ここでも“実情を知らない”「推測による断定と断罪」を繰り返す「村上密氏の言い掛かり」が語られている。改めて語っておくが、村上密氏は事実に基づく裏付け確認を怠って文章を書くので論理展開の詰めが甘い。


 今回も「信徒を減少させ教会に不利益を与えた山田」という印象を読者に与えようと勝手な事を語っているが、赴任当初の信徒数の変化は牧会の問題ではないことをまず語っておきたい。

この鳴尾教会は、私たち夫婦が2002年11月に赴任する以前、津村昭二郎氏(村上密氏の妻の父)が牧会をしていた。津村氏引退に絡み、村上密氏が介入して騒動が起こり、結局、津村氏は2002年8月に引退。3ヶ月間、教会は牧師無しの状態で進んだ後、後任として私たちが赴任した。その折に信徒名簿として渡されたファイルは、どなたが正会員であるのか、別帳会員であるのか分からなかった。(信徒名簿が整理されていなかった)

 ちなみにアッセンブリー教団では、洗礼を受けた信徒を正会員と別帳会員に分けていた。(アッセンブリー教団 教規第73条には「会員たる信徒が、1年以上住所が不明であるとき、または、1年以上教会に出席せず、且つ教会の諸経費負担その他の義務を怠ったときは、役員の議を経てこれを会員別帳に移すことができる」とされている。)

 1年と言うのは実情に合わないので、おおむね礼拝に2年ないし3年来ない方など各教会で柔軟に対応している。また、戒規などを持つ教会は、その事によって別帳会員籍の方として扱う場合もある。(戒規は「切り捨て」あるいは「除名」ではない。)

 私たちは赴任当初、村上密氏が語る「赴任前の5年間は(1998年〜2002年)の信徒数は平均130名程」に対して役員の方にお聞きしたり、訪問をして正会員が誰なのかを確認した。そして、神学生の助けを借りながら、設立当初からの信徒名簿(手書き書類)をコンピューターに記録し直し整理をしていった。
 すると「赴任前の5年間は(1998年〜2002年)の信徒数は平均130名程」というのが正確ではないことが判明した。津村昭二郎氏が信徒数を水増して報告していたのである。


 そこで、私たちは2004年に入り、役員会の承認のもと2003年度は94名と訂正し正確な牧会状況を教団に報告するに至った。

 さらに、2004年については、教会の創立50周年記念の喜ばしい時であったが、この記念の準備をする前後に、数家族が他教会へ出て行くということが起こった。発端は色々ある。当時、役員会内は津村氏引退を巡りまだ対立していた。そしてある役員を辞めさせることができないのかと失望し転籍する家族、50周年記念会に牧師である親族を招くことができないから記念会の日程をずらしてほしいと語り、役員会で決定済みなのでと語ったら結局転籍する家族、家庭集会を牧師抜きで行わないようにと語ったら出て行ってしまった家族・・・。

 しかも、鳴尾教会は信徒間で電話連絡がよく行われていた事で、連鎖的に出て行く方がおられた。これらによって2004年は89名、2005年は69名という報告がなされたのである。牧師にとってこれらの事は残念であり「痛み」である。(このような事は誰にでも話せるものではない。しかし、村上密氏のような攻撃的なブログ文章に対して仕方なく記載する。)

 このような状態の中、ご高齢の方や病ゆえに召天された方の葬儀などを経験。やっと平静を取り戻したのが2006年ごろ。しかし、すぐに村上密氏による攻撃が始まったのである。

 実情を知らずに勝手な事を村上密氏は語る。どれだけの時間を割いて、誤解を解く必要があるのか。迷惑千万である。


3.また、村上密氏のデマが語られている。

 村上密氏はまず「27名を自分たちに逆らう信徒として2007年12月13日に切り捨てて」と語っているが、ここにデマがある。


 (1)27名が、戒規ゆえの「別帳会員」になったのは「2007年」ではなく「2009年12月13日」である。よって、7年半ではなく、5年半である。(正確には、2010年1月の役員会で、正式に「戒規ゆえの別帳会員」になったのであるが。)
 
 村上密氏はブログを書くときに資料を見ずに書くのか?実にいい加減で、不誠実である。


 さらに、村上密氏は続けてこう語る。「村上密が関西教区倫理規定に反していると言っているが、私は関西教区からそのような指摘を受けたことはない。むしろ、山田夫婦が教団から教師倫理規程で処分される直前に、謝罪するポーズを取りながら時間を稼ぎ、教団を離脱した。」と。


 (2)山田も関西教区から教区倫理規定に反していると言われていない。
 私たちが問題とされたのは、村上密氏が理事会に「山田が関西教区倫理規定に違反している」と訴えたからである。関西教区から私たちは違反を指摘された事はない。

 私たちは、離脱問題が出てきた時に「村上密氏が関西教区倫理規定に違反している」と声を発した。しかし、この時すでに理事会は、私たちの声に耳を傾ける状態ではなかった。ゆえに、こちらから訴える事は出来なかった。

 たとえこちらから理事会に訴えたところで、村上密氏に対して理事会が違反を宣言することはない。なぜかならば、それは教団理事会も「同じ穴のムジナ」のような行動を取っていたからである。それゆえ、こちらの言い分が平等に扱われることはなかったのである。

 しかし、教団理事会は、この問題の発端となった当初、村上密氏が名張教会担任教師(按手礼も受け正教師となっている津島氏)の代理人として行動していることは、教団史上無かったことであり、村上密氏の代理人としての行動は認めていなかった。


 いずれにしろ、村上密氏は「指摘を受けたことはない」とだけしか語れない。なぜかならば「鳴尾教会の信徒に関わっていない」とは言えないからである。


 関西教区倫理規定は信徒の相談等について以下の通り規定している。

 ア) 教職は、他教会の信徒からの相談を受けない。但し、止むをえない場合は、直ちにその会員が所属する教会の牧師に報告する。
 イ) 教職は、他教会の信徒が集会へ出席を希望する場合、直ちに所属教会に連絡する。
 ウ) 教職は、他教会の信徒の家を原則として訪問しない。


 村上密氏の場合を考えると、

 ア) 村上密氏は鳴尾教会の信徒からの相談を受けたとき、直ちに山田に報告する義務があったがしていないし、今までしたことがない。
 イ) 村上密氏は鳴尾教会の信徒の家を訪問した。(私は村上氏が訪問した時の車を撮影した写真を持っている)

 私たちの事を関西教区倫理規定違反と言いながら、村上密氏自身が関西教区倫理規定に違反をしている。教団や教区が指摘しないから違反ではないというのは、ダブル・スタンダードであり、これは不誠実の極みである。


 ここで、もう一つの事を確認する必要がある。それは、関わった信者がどのような状態であったかということである。

 私たち夫婦は「教会を辞めてきた」(今回であれば、名張教会を辞めてきた)という信者に関わったのであるが、村上密氏は「教会を辞めていない」(鳴尾教会の)信者に関わったという点である。

 村上密氏は自身のブログ(2008年12月08日)で「退会とは自分の一存で教会を去る事」であって「退会届というタイトルに理由を書き添えて出せば(退会手続きは)終了」であり、「所属教会の了解を取る必要のない、教会籍を抹消する方法」であると記している。

 私たちが関わった信者は、2004年12月に名張教会担任教師(津島氏)と主管者、信徒の方々にメールや電話、手紙で教会を去るとの旨を伝えている。(名張教会担任教師の津島氏自身がこの信者に返信をしたメールで証言をしている)また、除籍願い(退会の意味をこめての表現)を「2005年2月末日をもって除籍して頂きたい」と記し、名張教会担任教師津島氏に3月4日付けで提出している。

 私たちが関わった信者は、私たちに相談しに来たとき(2005年1月)には書式は多少違うが、教会を辞めてきている。辞めてきた信者に関わったことが関西教区倫理規定に違反する事なのか?

 この疑問に、教団理事会をはじめ、誰も答えてはいないが、関西教区倫理規定に違反はしていないと考える方が必然的である。


 さらに、村上密氏のデマ文章が続く


 a)山田は教師倫理規定で処分されていない

 村上密氏は「山田夫婦が教団から教師倫理規定で処分される直前」と語るが、ここに村上密氏のデマがある。


 私たちが教団にいた頃は「教師倫理規定」は教団に無かった。なので、教師倫理規定で処分されていない。この「教師倫理規定」は(記憶が定かではないが)、私たちが離脱して2年位経ってから出来たものである。


 b)処分される直前に教団との対話は無かった

 村上密氏は更に「処分される直前、謝罪するポーズを取りながら時間を稼ぎ、教団を離脱した」と語るが、これもデマである。
 
 処分が伝えられたのは、辞表を提出して2年後である。処分の直前に教団との話し合いはなかったし、何を謝罪するというのか。


 もし、村上密氏の言う「教団からの処分」が臨時信徒総会の3ヶ月前(2009年1月下旬)の次点での話しで、教団理事会が山田に対して、一連の問題解決として「(山田が)鳴尾キリスト福音教会から他へ転任するか、(山田が)津島氏に償い金および謝罪をするか」を語ってきたことを示すものならば、この理事会が要求してきた事は、処分に至る経緯を教団総会議員にも秘匿し(説明責任を果たさず)要求してきたものであって、山田に瑕疵はない。

 私たち夫婦は、理事会判断を説明した担当理事者が名張教会問題でかなり困っているようだったので「償い金および謝罪」を選択した。(なぜ、担当理事が困っていたかは臨時信徒総会の5日前(3月30日)になって分かった。教団総会での事や三者合意文書のことを山田に話したら、当然、山田からの反発がある事を恐れたからである。)

 私たちは、謝罪に対して「さらに何について謝罪するのか」と質問したが、この次点で、担当理事者からの明確な違反の指摘はなく「感情的な問題だと思います」との回答で、後日謝罪の内容を知らせるとのことだった。

 しかし、2009年2月に入り、示された謝罪の内容をメールで見て驚いた。それは謝罪をする当人とは関係の無いものについて謝罪せよとの内容だったからである。私たちは「関係のないものについての謝罪をする事は出来ない」と伝え、謝罪はしなかった。それは担当理事も理解をしていた。


 私たち夫婦は当鳴尾教会役員会に「理事会からの出頭について報告」をした。そして、当教会役員は、私たち夫婦が理事者に呼ばれ「理事会判断」の内容を聞いた時、すぐさま反対の意向を示した。それは「償い金を払わない方がよい」ということ。つまり「謝罪をして、償い金を支払ったら、私たち夫婦は教団でずっとレッテルが貼られるし、また、償い金だけでなく鳴尾教会からの転任が早々に行われるに違いない」と考えたからだ。また、謝罪と償い金あるいは転任で、異端視されている問題が解決されるものなのか、とても大きな疑問が残り、なぜ謝罪を再度するのか、償い金や転任で本当に終わるのか、もう一度、担当理事に聞くことが必要との判断をした。

 それと同時に、今までの経緯を考えると、このまま教団に残る事は良い状態ではないとの判断をし、臨時信徒総会を開催して離脱をするか審議する事を役員会決議とした。(2009年3月上旬のことである)


 c)実情(経緯)を知らない(確認しない)で指摘するところに村上密氏のデマが生まれる。

 さらに、私たちは村上密氏の語る「時間を稼」いではいない。

 私たち夫婦が教団事務所に呼ばれ「理事会判断を聞く事になった経緯」を知るに至ったのは、担当理事者とのメールのやり取りをして1週間くらい後の、3月30日のメールに添付された文書であった。初めて明かされた内容にとても驚いた。ここに記されていたことは、

  @「名張教会担任教師(津島氏)とその代理人と称する村上密氏が「名張教会問題における理事会議事録の閲覧請求を巡り、教団史上初めて教団に対し訴訟を行った」事

  A教団総会議上の総意として教団理事会と村上氏と教団監事の三者による協議が行われ理事会議事録閲覧ならびに一連の事柄を整理した合意書が作成された事

  B償い金は、津島氏とその代理人と称する村上密氏が「教団に対して理事会議事録閲覧請求裁判をした」その費用を理事会と山田で折半して、津島氏に支払うという事(山田は一連の問題の発端だからという理由で)

  Cシュタイナーについての問題も看過できなくなったと語りながら、その理由が示されていない事(1月に教団事務所に呼ばれた時、担当理事者は、シュタイナーの事について、2008年4月に「問題ないし」との判断をした後、きちんと調査はしていないので答えられないと発言していた)

  D名張教会担任教師(津島氏)と山田と理事会が合意して到達したのがこの三者合意書であると主張している事(三者合意書は教団理事会と村上氏と教団監事の三者によって作成されたもので、山田はこの三者合意書の作成自体知らなかったし、受諾していない)


 鳴尾教会役員会は4月4日(臨時信徒総会前日)に臨時責任役員会を行った。

 上記(3月30日)の担当理事者からのメール文書を知り、また、私の妻(晃美)が「相手の気がすむような謝罪が無ければ、何度でも追いかけて責めてくるような合意書を作成する教団は恐ろしい」として、3月31日付けをもって教団理事会に、内科医からの診断書を添えて辞表を提出したことの報告を受け、会議が続けられた。以下に会議の要点を記す。

 「まず、三者合意文書の存在が初めて当役員会に明らかとなり、これを覆すことは不可能と判断。この三者は、鳴尾教会の立場というより三者にとって好都合な合意書を結んだにすぎない。特に山田師本人の知らないところで償い金を支払う契約は常識では理解できない。
 
 2008年4月の理事会判断は一連の問題は解決済みと思われたが、津島氏・村上氏が強硬に自分の意見を主張し続ける事で、理事会に山田師の責任を追及。もはや負いかねる責任としか言いようがない事で晃美師が辞表を提出した。

 謝罪が求められ続けるだけでなくエスカレートしており、こちらに関係のない裁判費用を償い金として要求してくることを考えると、転任して問題が解決するはずも無く、転任先でも必ず支払いが要求されるであろうし、お金を払ったら最後、謝罪した以上の罪状書きが山田師夫妻について回る。

 担当理事者は正当な謝罪の内容を答えられず、教会員はシュタイナーの教えなど聞いた事さえないのだから、異端云々については山田師夫妻を貶めるための口実・中傷の類で、全くの枝葉の事である。

 以上の分析を踏まえ、これ以上の教団残留は得策ではない、と判断。明日の臨時信徒総会を開催し、離脱の件を諮る事とする。もし、可決しなかった場合は、役員は総辞職することとする。また、離脱が可決した場合には、山田師夫妻を招聘する議案を提案し、牧会を継続する。」

 このようにして、鳴尾教会の臨時信徒総会は開催され、教団離脱を審議するに至ったのである。


4.村上密氏の発言は、やはり「推測による断定と断罪」を繰り返す

 1)信徒を「除名」や「切捨て」た事はない。
 総会無効確認訴訟に絡む信徒を「除名」にしたり「切り捨てた」りした事はない。この事についても、以前にブログで書いた通りである。村上密氏は、自身のブログの読者に対して「山田は悪い者だ」という印象を与えようとデマを語っている。>

 そして、まだ「除名」だとか「切り捨てた」というような言い方をして、現在の鳴尾純福音教会に通っている信徒にレッテルを貼るのは問題である。村上密氏には理解できないのであろうか?

 鳴尾教会は教団離脱反対信者に対して、戒規ゆえの「別帳会員」としている。それは、決して「裁判をしたから」というのではない。この事はすでに語っている。彼らが戻って来たいということであるならば、時間はかかるであろうが、正会員として戻ることができる。

 アッセンブリー教団理事会(執行部)は私たち夫婦を一方的な論理展開で「除名に相当する解任」としてまさに「切り捨てた」が・・・。

 この理事会からの処分についての対応も社会的におかしなものと私は考えている。私たちはこの処分が出される2年も前に、期限を切って「〜〜までに応答がない場合には、辞表を受理したものとする」と教団理事長に辞表を提出した。応答は2年間、全く無かった。そして、この処分が出される何ヶ月か前に理事者が来て、(要約すると)「あなた方夫妻に対する処分を決めるに当たって、出て行かざるを得なかった信者たちに(お金の)支援をしてほしい」と言ってきた。当然お断りした。そして出てきた処分があの内容であった。ここでも「お金なのか」とあきれてしまった。

 処分通知が後日送達され、私はすぐに、この処分について、すでに辞表は2年前に提出し理事会が全く応答しないことをもって辞表は受理でありこの処分は無効であること、また、処分内容(理事会が処分の理由として挙げてきた全ての点)について、事実と違うことを理由に異議申し立ての書類を提出した。・・・反応は無いのは分かっていたが。


 改めて言うが、私たちは離脱反対信者を「切り捨て」はしない。むしろ、村上密氏が離脱反対信者に対して、山田や鳴尾教会役員会との対話の機会を持たないように(手紙で)指導して分裂させ、「切り捨て」られたように仕向けたのではないか。「話し合いをする時間を与えない」というのはカルトの手法であり、これは非常に問題だといってよい。このような事態に持っていった村上密氏の責任は重い。教団理事会(執行部)も同じように、山田並びに当役員会を「悪者」とし「自分たちは正義を行っている」かのような圧力をもって、行動をしてきた責任は重い。(信者個人の意思で決めた事に対してとやかく言うつもりはないが。)


 むしろ、離脱反対信者を指導すると言う点から見るならば、村上密氏並びにアッセンブリー教団理事会は、偽りをもって裁判をした信徒に対して「信仰者として歩む者が、公の場で偽証の訴えを起こすことは良くない」と、しっかり指導したのか? と言いたい。 偽証の罪の問題。すでに書いていることだが、離脱を決議した臨時信徒総会の内容は、こちらから録音したものを裁判所に提出して、訴えが偽りであったことが明らかにされている。 偽証に対して「彼らは可哀想だから嘘をついても仕方がない」とか、「山田を処分してこの件は蓋をしてしまえばもう関係がない」となるならば、神様の教えに生きるなんてことは吹っ飛んでしまう。実に危うい教団であると私は思う。


 (2)ホームページの開設は、村上密氏が口を出すことではない。
 ホームページに関しては内部のことであって、村上密氏が口を挟む事ではない。「外から、教会活動を知られることを避けてきた。」とか「弁解がましい記事だけをブログに掲載」など村上密氏自身の推測による断定の言葉でしかない。

 ちなみに、この「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」は「推測による断定と断罪」を繰り返す「村上密」ブログや「現代の風景 - 随想 吉祥寺の森から」と「神々の風景」というブログで、鳴尾キリスト福音教会(あるいは山田)に関して誹謗中傷をしているブログ主、その他、パワーハラスメントをしてくるアッセンブリー教団理事会、偽わって裁判をしてきた教団離脱反対信者による、様々な「根拠の無い(真実が曲げられた)デマ文章」に対して、その反論を示すブログ記事である。 当然、こちらはこちらの主張がある。それに対する反論もあるだろう。であるならば、しっかりとした「根拠のある反論」を示して記事を書かなければ、やっぱり「デマ文章」になってしまうし、読者の共感も得られない。 ゆえに、このブログの記事は「弁解がましい記事」ではない。 むしろ「弁解がましい」のは、「根拠をしっかりと示さず自分の言いたいことだけを記す」村上密氏の文章である。 村上密氏は、訴えられたことをしっかりと確認せず、また単なるうわさや小耳に挟んだことを「鵜呑み」にして記事にする傾向がある。山田に対する誹謗中傷に類する文章が最たるものといっていい。(結局、山田に対するデマ文章の根拠というのは、「自分に反抗した山田」に対するイラつき、恨みが根底にあるのだろうと推察する。これは、吉祥寺のブログ主にも言えることである。)


(3)村上密氏の発言は、今や気持ちが悪い。
 村上密氏は、山田が「村上氏は関西教区倫理規定に反している」と言っている事に腹立たしさを感じているのか? この点について村上密氏は “やけにしつこい”。この事についても以前にブログに書いた通りである。

 また、「7年半一生懸命に汚名を挽回をしようとしたが、成功しなかった」とか、「山田夫婦を問題視する記事で溢れている」とか、「賢明な人びとは教会訪問を避けた」とか、「牧師の問題を明らかにして、惑わされないようにすることには成功した」とか、全て、「村上密氏自身が仕組んだ」ことに対する「自己の満足」を語っている個人的な意見や感想に過ぎない。いずれにしろ、根拠無く読者をマインドコントロールする手法を用いて誘導しているデマである。 村上密氏の心に問題ありと考える。(性質(たち)が悪い。)


 ちなみに「汚名を挽回」という言い回しは国語の上ではあまり使われない。「汚名は返上」するもの。もしかして「名誉を挽回」と言おうとしたのか?


 最後に「シュタイナーに関する事を意図的に避けている」と語るが、これも村上密氏の勝手な推測の言葉であり、「デマ」である。 以前にこのブログに書いた通りである。私たちは、伝統的「使徒信条」を礼拝ごとに告白し、イエス・キリストを救い主として信じている。 当然、シュタイナーによって立つ教会ではない。ゆえに、シュタイナーを語る必要がない。


 また、「シュタイナーを信奉する友人の園長夫婦」というが、彼らはキリスト者であって「シュタイナーを救いの道」と考えていない。もし「シュタイナーを救いの道」と考えているならば、園児の親をアッセンブリー教団の教会に導いて洗礼に至るまでお世話をするわけがない。 ここにも村上密氏の主観が入っているし「推測による断定と断罪」が繰り返されている。


 いい加減、自分が「推測による断定と断罪」を繰り返しているという間違い(罪)に気がつかないものか。


 人の話しをしっかりと聴いていない(以前に書いたブログ文章を読んでいない)村上密氏。これ以上ブログに書いても恥をさらすだけだ。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/
posted by Naruo at 00:31| 日記 | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

鳴尾キリスト福音教会のホームページ

久しぶりの投稿になります。

 この度、鳴尾キリスト福音教会のHP(ホームページ)を作りましたのでお知らせします。

       http://www.naruogospel.com/ 

 鳴尾キリスト福音教会の近況ですが、礼拝は20〜25名で以前と変わりなく行われています。また、教会学校も5〜6名の子ども達が来て下さって、楽しく行われています。

 今度の日曜日(6/14)は親子礼拝が行われ、礼拝の中で子ども祝福式(11月に行われる七五三のお祝いをキリスト教化したものと言ったら意味が通じるでしょうか)が行われます。子どもたちと一緒に礼拝が出来るのはとても嬉しいことです。

 以下のブログもアップしています。


  人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

posted by Naruo at 12:13| 日記 | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

このブログの趣旨確認

  さて、長い間、いろいろと書いてきましたが、ある人から
「なぜ、この『鳴尾キリスト福音教会から皆様へ』(現在は「荒野を耐える−鳴尾キリスト福音教会」に変更)というブログを書いているのか」という質問を受けました。

  それは(以前から書いているように)教団離脱並びにシュタイナーなど異端と言われる教えについて、村上密氏や日本アッセンブリー教団の理事会、並びに全くでたらめな(偽りの、デマ)文章を発信する特定の人物や偽りの証言で裁判を起こしたり、偽りの文書を教職者に発送したりする教団離脱反対信者が、それぞれ(悪意に基づく?)デマ文章や事実誤認である文章を書いていますので、当方としては実に誹謗中傷に類するものとして迷惑しているからです。また、こちらから何も反論をしないと、これらの人たちが書いた文章だけが一人歩きをして、事実と違う事が本当だと誤解されたり、それが鳴尾キリスト福音教会の歴史が残ってしまうと危惧するからです。


  特に「現代の風景- 随想 吉祥寺の森から」と「神々の風景- religious scene」のブログは同じ一人のブログ主ですが、このブログ主はアッセンブリー教団の信徒ではありません。また、私とは全く面識はありませんし、関係はありません。


  名張教会問題や鳴尾教会の教団離脱問題の情報は「山田を悪」と考える村上密氏や名張神愛キリスト教会の担任教師(津島氏)などアッセンブリー教団の教職からだと推察できます。(内部文書までこのブログ主に提供していますから、情報を与えた教職は良心が麻痺していると言えるでしょう。)


  そして、この吉祥寺のブログ主は、一方的で間違った情報を受け取り、その情報をそのまま精査すること無くブログにアップしたり、名誉毀損に類する誹謗中傷文章やデマ文章を書いたりしています。

  例えば、偽りを語る教団離脱反対信者の文章をそのまま「神々の風景- religious scene」にアップしたり、「吉祥寺の森から」のブログのみならず、すべての文章を私(山田博)が投稿しているにもかかわらず、私の妻(晃美)の方が学歴が高いという先入観からか、「山田晃美はすでに私がこのブログで概略的にお知らせした「鳴尾教会事件」について多くのコメントを残し、私に対して謝罪と文章の削除を要求していることはすでに知られている通りである・・・(2010年11月15日)」などと、全くの間違いをブログに記したり、私の妻は数ヶ月で統一教会の間違いに気がついて離れ、アッセンブリー教団の教会に導かれてキリスト教信者になったにもかかわらず、統一教会(異端)と深い関係があるように印象付ける文章を書いて、妻への誹謗中傷をやめません。これらの文章は、村上密氏と同じように偽りを言う人の話を元にした文章であったり、根拠が無い文章であったりしています。


  更に、私たちに対して、好意をもって接してくださる方々がいるにも関わらず「山田夫妻を公然と支持するものはいない」とか、根拠を示さずに「行動や態度が宗教倫理にまるで適っていないことは明白である。」とか、自分に反抗した山田は赦すことができなかったのであろう「出来る限りの批判、非難をあげなければならない」とか、裁判に至っては、原告信者が嘘の裁判をしてきたことが明白であるのに「教会を乗っ取った」と、実に発言(文章)が独善的で、「あいつは悪いやつだ」と印象付けるのに巧みな文章となっています。(村上密氏と同じ類の文章を書きます。)


  とにかく、こちらが反論した事に対して「激昂したブログ主たち」はその腹いせなのか、「鳴尾教会の山田は悪いやつだ」という悪意に似た思いで、冷静に判断ができない異常な状態が続き、「推測による断定と断罪」(根拠の無い憶測)で文章を書き、都合の悪い反論は削除するなど、情報が正しく伝わらない状況が続き迷惑しています。 判断するのは読者ですが、デマ(偽り)を語る方々の情報が基になっていますから、そのことをまず心に覚えながら、一方的な文章に惑わされないようにと考えています。


  このブログは、そういう事情から、出来るところから、誤解を解くために書いています。ただ、このブログは、裁判などで時間や労力や経済に損失を受け、疲れを覚えつつ書いていますので、読んでいて、不快に思う文章が多々あると思います。事情をお察し頂きお読み下さい。(山田 博)


  (ちなみに、鳴尾教会は関西・阪神地区の様々な教派の教会が集う祈祷会に属し、共に協力し合いながら伝道が続けられています。また、裁判の件は、この「荒野を耐える−鳴尾キリスト福音教会」の過去のブログに詳細が記されていますので、興味のある方はお読み下さい。)



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/


posted by Naruo at 14:35| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

「乗っ取り」 は起こっていない

  2〜3のブログ記事に山田が教会を“奪い取った”とか、“乗っ取った”などと書かれた文章があるがそのような事実はない。間違った発言をする人の理由の一つに鳴尾教会は「アッセンブリー教団の持ち物(教団所有財産)」だからと言うのである。

 そして、なぜ「教会が教団の所有財産」と言えるのかというと、「教団に属する牧師に転属(牧師の移動)がある」からだと、別な言い方をするならば、牧師の移動があるのは「教会が教団のもの」だからこそ起こるという考えからだそうだ。

 この考えは、アッセンブリー教団並びに当鳴尾教会に関して言うならば、間違っている。


以下に「乗っ取りは起こってない」ということに関する理由を記したい。

1.当鳴尾教会は、アッセンブリー教団の財産によって設立されたものではない。

 鳴尾キリスト福音教会は、今から約60年前の1954年に、一人の女性宣教師によって単立の教会から始まった。祈りの中で土地を探し、現在の地が与えられる中、最初の教会建設は、この女性宣教師の財産ともう一家族の宣教師並びにアメリカの信徒の献金によってなされた。その後、信徒が増えていき、牧師館や宣教師館が増築され、教会堂として整えられてきたという歴史がある。

 その後、鳴尾の地から更に広く宣教活動をするために、専任の日本人牧師が必要とのことで、教会内部で検討がされた。当時、既にアッセンブリー教団の教職が説教などの応援をしていたという経緯もあり、1961年に日本アッセンブリー教団に加入申請を行い、翌1962年(昭和37年)に教団加入が認められた。

 そして、教団加入により派遣されたのが前任牧師の津村昭二郎氏である。以後40年に渡り、鳴尾教会はこの牧師と共に歩んできたのである。その間、隣家の火事で会堂が類焼するという経験を経るが、経済的に恵まれていた鳴尾教会は、教団に多くの献金を捧げた記録はあるが、教団より経済的援助をされた記録はない。(阪神大震災のときは別であるが、この時は、建物は守られ、関西地区の拠点として教会が使用された。)また、多少のお手伝いはあったであろうが、教団主体の伝道協力を受けて立てられた教会でもない。


2.アッセンブリー教団の規則には、「教団加入に際し、財産が教団に移行する」という条項はないし、財産目録にも教団財産として記録されていない。  鳴尾教会は「被包括」というだけである。

 よって、鳴尾キリスト福音教会は、アッセンブリー教団の財産ではない。


3.教団離脱を決議した信徒総会は平和に行われていた。

 村上密氏や教団理事会の正しくない情報によって、山田が教会を奪い取ったとか乗っ取ったとか、様々な誹謗中傷を言う人がいる。その発端となったのは、裁判を起こそうと導いた人か、裁判を起こした人の中に偽りを言う人がいたと考えられる。

 裁判の中で教団離脱反対信者がどのような偽りの訴えをしてきたのかはこのブログにすでに記しているが、0彼らの裁判所への訴えを改めて記すならば、総会は「その場で突然提案され、また、何故に被包括関係廃止に至ったのかの説明もなく、更に、包括教団(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団)を一方的に非難する発言がなされ(後に事実に反している事が判明した)、そのうえ、直ちに採決がとられたため、やむなく反対し得なかった。(詳細がわからないまま半ば強制的に採決を強行されたものである)」というのであった。

 しかし、この訴えは山田が裁判の証拠として提出した総会当日の録音によって、偽りであったことが判明している。総会は平和に行われていた。 突然の提案であったかもしれないが、当日の朝には議案書が手渡され、総会開始前にはその内容が伝えられていた。また、教団からの離脱を余儀なくされた経緯も話された。そこには教団を一方的に非難する発言もなかったし、議案の内容(規則がどのように変更されるのかの)確認や質疑応答の時間も十分に取られ、訴えにあるような「直ちに採決」などということはなかったのである。

 どうしてこのような、通常では考えられないくらいの「偽りの訴え」がなされたのか。それは、そのように導いた誰かがいたからであろうし、訴えれば山田や責任役員は驚き焦って、結果、自分たちの思い通りになるだろうと考えた人がいたからであろう。裁判に訴えるのではなく、冷静に話し合いをすれば、大事にもならず、傷つくことも少なかったはずである。


4.アッセンブリー教団の理事会並びに教団監事は、偽った解釈をして責めてきた。
  *教団監事は、法人の「経理・財産」並びに「代表役員の業務の状況」を監査する立場
   (教団規則第29条)
  2009年5月30日に「鳴尾キリスト福音教会 臨時総会 成立要件調査 及び 経緯説明会」なるものが市民会館にて行なわれた。これは、教団理事会と教団監事が、鳴尾教会役員会との話し合いをせず、秘密裏に信徒に案内が出されて開催されたものである。しかもこの案内状は「教会住所録の無断使用」並びに「使用用途を逸脱した」形で用いられ、未信者や小学生、幼稚園児にまで発送され、教会役員には説明会当日に送達するように投函がずらされていた。(消印より判明)

  この案内状の中で理事会及び監事は「もし、この教団離脱の届け出が正当なものであるならば、教団はそれを認めることは当然なことであります。しかし、宗教法人法に照らして違反するもの、或いは虚偽のものであるならば教団理事会は、教団及び当該教会の財産保全上の観点から、代表役員である山田博師に対して法的な対応をしなければなりません。・・・・理事会及び監事としては、教団財産保全及び鳴尾キリスト福音教会保全の観点から、立会い調査をすることになります。」と語った。

  教団理事会は、鳴尾教会を“教団財産”と偽って伝えている。

  鳴尾教会は、2004年に創立50周年記念として50年史を発行した。であるから、理事者は鳴尾教会の設立の歴史を知っている。その上で、上記の文面並びに山田を中傷する文面を未信者や幼稚園の子どもにまで送りつけ、教会に混乱をもたらしたのである。教団理事会と教団監事は、こちらの質問に対して「後日、回答する」との返事ばかりで、結局一切回答はなかった。間違ったことの訂正、謝罪もない。

  文部科学省に対する審査請求(県庁が教団離脱の規則を認証したことによる不服申立)が棄却の裁決となった今、案内状に記された「もし、この教団離脱の届け出が正当なものであるならば、教団はそれを認めることは当然なことであります。」という言葉通り、教団には潔よさが必要であろう。


5.アッセンブリー教団の教職の中に、当教会が宗教法人を取得した当時の役員の
  親族がいる。その教職は離脱反対信者を支える一人であるが、先日、別件で
  話をしている時に、宗教法人取得の経緯を以下のように語った。

「鳴尾純福音教会(筆者挿入:名称変更前の教会名)の宗教法人は、独立宗教法人なんですよ。ですから、出ようと思えば出られるの。うちの父が、ああいう手続きをしたんですから。それは、なぜかと言うとね。アッセンブリー教団に加入したときに、やっぱり教団自体というものを宣教師はよく分からなかったんで、60年も昔ね。で、もしアッセンブリー教団という自体があまり信頼できないといったら、いつでも出られるようにということで、宗教法人を取ったんです。」


 今のアッセンブリー教団は、文部科学省の審査請求の棄却裁決及び、離脱反対信者が提起した裁判の棄却判決を無視し、また理事会が一度も鳴尾キリスト福音教会役員会と話し合いをせず、推測による断罪や宗教法人法第78条の違反を犯すなど全く信頼できない状態である。宗教法人取得の経緯からしても、鳴尾教会の離脱はその意図と合致していると言えよう。

 そして、離脱反対信者が偽りの内容で提起した裁判の棄却判決からしても、鳴尾教会は会員の意思により離脱をしたのであって、乗っ取りは起こっていない。

 離脱反対信者は村上密氏並びに理事者によって導かれて、個人の意思により当教会に来ることを辞め、教団から新たに派遣された教師によって、個人宅で礼拝を捧げている。それは、鳴尾教会が乗っ取られたからではない。


 そもそも、当教会は宗教法人を持っており、絶対に個人のものとはならない。宗教法人規則によって個人のものとすることが出来ないからである。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

posted by Naruo at 00:18| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

当教会に関係する村上密氏の発言(3)

 また、村上密氏がおかしな発言をしている。2012年11月22日「牧会倫理規定違反」である。

「ある人が私に対して牧会倫理規定を破っていると発言しています。それは思い込みの発言であって、事実とは違います。・・・腹立ちまぎれに違反していない私に対して牧会倫理規定違反しているとブログに書いている人がいます。」


 村上密氏の言う「事実」とは何か?
 “私は他教会(鳴尾キリスト福音教会)の信徒に干渉したが、教団は問題にしないので違反ではない”と言うことであろう。それは詭弁である。


 私(山田博)は、村上密氏が信徒宅へ車で来た時の写真を持っている。それはとても偶然としか言えないが、私が何かの用事でその信徒宅をたまたま通った時に、村上密氏が車で信徒宅に入って行った、それを撮った時のものである。ナンバープレート「京都77ま ●4−2●」であった。


 私が「村上密氏は牧会倫理規定違反を犯した」と言うのは、まさにこの“干渉した事実”に立っているからである。さらに、村上密氏は「関西教区には紳士協定があり、それはお互いの教会のことに干渉しないこと」と語っているが、その点でも村上密氏は紳士協定に違反をしている。これでも村上密氏は干渉していないというのか?


 村上密氏は「規定は規定を作っている団体が違反を認定することであって、他人ではありません。」と言う。確かにそうであろう。しかし、今回の場合は、教団理事者(教会の上部団体)も牧会倫理違反を犯した仲間である。教団理事会は当鳴尾教会役員会に許可なく、話し合いもなく、勝手に信徒に干渉したのである。そのことは当鳴尾教会のブログを見ればお分かりの事と思う。違反をした、言わば異常な状態の中にある上部団体が、同じ違反をしている村上密氏に対し、違反を決議するわけが無い。(ちなみに、関西教区からの指摘についても語られているが、私は関西教区から「牧会倫理規定違反」を指摘されたことは無いし、文章も無い。)


  違反を実際にしていながら、法律には触れていないので違反ではないというのはダブルスタンダードである。それは不誠実の極みである。それを「腹立ちまぎれ」にブログで書いていると言い切れる村上密氏は、反論された「腹立ち紛れ」か、やはりデマを語るしかないのか、あるいは論理が壊れていると言わざるを得ない。


  さて、「推測と断定、そして断罪を繰り返す」村上密氏の文章の反論。

 前回の2012年4月30日の記事「乗っ取り」に対する第3回目の反論を記す。


 第3回目の反論は 
「(1)山田はドイツのキリスト教異端について、村上密氏の理解する容認はしていない。」である。


 村上密氏は2012年10月17日「鳴尾キリスト福音教会」の記事で「キリスト教の異端であるシュタイナーを容認する牧師夫婦ですから、教理的な問題を抱えています。今まで、牧師夫婦は一人称でシュタイナーを否定する発言をしたことがありません。」と語った。

 ここではっきりとしたいが、「シュタイナーを否定する発言を(今まで)したことが無い。」との認識は、今や村上密氏だけである。


 先日、山田に対する教団の対応が発表された。(この件については後日、取上げる。)この教団からの処分とその内容を見ると「シュタイナー」についての明確な言及は無い。これは、教団が村上密氏の言う“シュタイナー容認”はないと判断したからである。

  この“シュタイナー容認”問題。そもそもこの「容認」と言う言葉が出ていたのは、2007年6月に、名張教会の担任教師である津島氏の代理人と称する村上密氏が、理事会に対して山田の「(教師)解任請求書」を提出したことに端を発する。

  この解任請求書は、山田の前任地(名張)の信徒が、名張教会の担任教師(津島氏)とそりが合わず「教会を辞めてきた。キリスト教も辞めたい」と山田に相談して来た事を受けて、その方の信仰回復のためにフォローしたことを『牧会倫理規定違反』だとし、更には、山田が『シュタイナー教育の踊りを教えていた』と【信徒の偽りの証言】を真に受けて、教師解任だと主張した内容であった。(後に、理事会はシュタイナーの踊りを教えていたというのは誤解に基づくものと結論付けたが、村上密氏は証言に偽りがあった事に気づきながらも、その【嘘を容認】し、名張教会の担任教師津島氏が納得できないという理由から、山田を教師解任に追い込むまで責めてきたのである。)ここでも名張の信徒が偽りを言うのである。
 
 この(教師)解任請求に対して山田は、村上密氏からの「シュタイナー容認の事実」に対する弁明書を2007年9月に教団理事会に提出した。


その文書の中でこう語った。
「私は、シュタイナーの思想だけでなく、世にあるキリスト教以外の宗教や思想の存在を認めています。存在を認め許すこと、それは容認と言えるかもしれません。キリスト教以外の宗教や思想のすべてを世から廃絶することはとても出来ないし、常に「○○はOK、××はだめ」のような強硬な姿勢でいると、中にはそれを大切に思っている人もいるでしょうから、その人の周囲は争いが絶えなくなると思います。

 自分と違う考え方をする多くの人たちと、出来るだけ、平和に過ごすことも大切なことだと思います。私が、シュタイナー思想の存在を認めると言ったからと言って、そのすべてがキリスト者の信仰を建て上げるのに有益であるなどとは考えていません。けれども「○○はOK、××はダメ」の発想をしている方たちから見ると、幅広く、様々な考え方に触れることは、危険だとか、それを容認しているかのように思われるのかもしれませんが、決してそうではありません。重ねて申しますが、シュタイナーの教育思想やその他の異端的信仰をわざわざ用いて、正統的なキリスト教信仰を培うことができるなどとは全く考えていません。」

要するに、
「世の中に存在していることを単に認めているだけ【容認せざるを得ないだろうと言っているだけ】のことであって、シュタイナーの教育思想を信じているとか、それで教会を建て上げよう、キリスト教信仰を培おうと考えていない」と言うことである。

  村上密氏は、“シュタイナー容認”というこの「容認」を、“山田はシュタイナーを救いの道と信じている”と【思い込ませよう】とし、更には、“シュタイナー信奉者”に仕立てようと、2009年2月2日付けで文書を教団教職や鳴尾教会の信徒に文書を配布し、デマを拡散した。 この文書には添付資料としてシュタイナーの書籍からの印刷物が同封してあり、山田はこういう教理を信じているのだと言わんばかりの内容であった。ここまで来るともうめちゃくちゃである。

 教師検定委員の教師でもない村上密氏が、証拠も無しに一教師を異端者扱いするのは越権行為であるし、名誉毀損に類する誹謗中傷である。山田が、いつシュタイナーを信じていると発言し、教会の中で教えたのか? 前任地でも、鳴尾でも一度たりとしてシュタイナーの「シュ」の字を語ったことはない。当然、教団離脱反対信者も聞いていない。


  私たちは「救いはイエス・キリストしかない。シュタイナーにはない」と信じている。だからシュタイナーを語る必要がない。よって、村上密氏が山田に対して語る「シュタイナー」うんぬんの文章はデマである。


 ある人は、「山田はシュタイナー教育を志す者に関わった」とか、「洗礼を授けた」と言って非難するかもしれない。しかし、私たちはイエス・キリストを信じる者に対して関わったのであり、「シュタイナーが救いの道である」という者に関わったのではない。現に、シュタイナー教育の幼稚園へ通う園児の母親が、シュタイナー幼稚園の(キリスト者である)経営者によって山田の前任地だった名張教会に導かれ、イエス・キリストを信じて、洗礼に導かれている。滑稽にも、洗礼を授けたのはこちらを責めてきた名張教会の担任教師である。救われた(洗礼を受けた)者が起こされたのは、神の業ではないのか?その母親はシュタイナーの幼稚園経営者と関わりがあるから救われていないのか?


  当鳴尾キリスト福音教会は、シュタイナーによって立つ教会ではない。そのことは初めから主張していることであり、当教会は伝統的「使徒信条」を信仰告白として毎週の礼拝で告白し、他教派の方々と親しく交流をし、関西・阪神地区においても親しく交流をさせて頂き、受け入れて頂いている「こんなことなら自分たちだけ出ればよかったと思う日が来るでしょう」などと語るのは、デマを語る村上密氏だけである。




 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

posted by Naruo at 23:16| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年11月13日

当教会に関係する村上密氏の発言(2)

  デマとは何か? 村上密氏の2008年9月9日のブログ「デマを飛ばす人とカルト化の証人」の中で、村上密氏はこう語る。

  「相手を不利な状況に追い込むために、虚偽の情報で中傷することをデマ(デマゴギーの略)と言います。デマを信じ易くするためには、虚偽の中に事実を交えます。読み手や聞き手は知っている事実が含まれるので、間違いないだろうと推測します。ここに誤解が生じます。・・・他者との情報交換によって、さらに憶測が加えられ、いよいよ真実から遠ざかっていきます。」


  当事者として村上密氏の山田に関するブログ文章を読むと、正に「村上密氏の文章はデマ」であると言わざるを得ない。(この発言に反発する方もおられると思うが、ここで語られる文章の範囲は、「当教会に関係する村上氏の発言」に限定しているので、村上密氏の他の事件に関する発言と混同しないように注意して頂きたい。)

  しかし、当事者でなくても、村上密氏の文章をじっくり読んでみると、結論付けている根拠の言葉が「推測」であることが多い。例えば、最近のブログで言えば「『詐欺未遂』ではないでしょうか。」などがそうであろう。


  村上密氏は、法律など専門家から聞いたかのように語ることがあったが、しっかりと根拠などを確認していないと感じる事が多い。だから、今回の裁判にしても、信徒の言い分(偽り)を鵜呑みにして証拠立てをせず、その結果「裁判惨敗」となったのである。また、村上密氏は裁判に負けた後、信徒をしっかりと最後まで導いたのか? その偽りに対してし指導したのか? 村上密氏は、教会をかき回した後は教団理事会に丸投げをして、もうそこにはいない、そういう人物である。誠実さに欠けているのだろう。 そして、裁判に負けた腹いせに、せめて自分のブログで、推測に推測を重ねて結論を語り、そこに自身の思惑を加味し、自分を正当化し、相手の品位を落とすデマ文章ブログを作って、なお山田が悪いと主張している。


  ごく一部の人の間で「村上密氏は有名な人」という心理が「村上密氏の発言は嘘がない」と思わせてしまうのか。いずれにしろ、その人の言いたい言葉にしっかりとした根拠が無いならば、信憑性に欠けていると言えよう。

  さて、「推測による断定と断罪を繰り返す」村上密氏の文章の反論。

前回の2012年4月30日の記事「乗っ取り」に対する第2回目の反論を今回は記す。

 第2回目の反論は
 「(3)当役員会は教団離脱後、信者の半数強を切り捨ててはいない。」である。

  村上密氏は「信者の半数を切り捨てた」と言うが、鳴尾教会側は「信者を切り捨て」てはいない。

  前回も少し触れたが、分裂の発端となったのは、教団離脱を決議した臨時信徒総会(2009年4月)の後である。(信徒総会の時は、通常通り混乱無く、平和的に総会が行われていた。) 村上密氏の教会に家族がいる教団離脱反対信者の一人が、村上密氏に連絡をし、村上密氏は当教会に許可なく、また報告もなく(これが関西牧会倫理規定違反となっているが)、離脱反対信者を市民会館に集め事情聴取を行なった。(そこには教団理事者もいたと言う話が伝わっている)

  村上密氏は後に、教団理事会が後ろ盾となり、教団離脱反対信徒に対しては山田及び当教会役員を非難し、教団教職に対しては山田が「不正をし、行動を起こしている」と情報を流した。そして、山田が教会や教団全体を巻き込んだと主張をした。しかし、教会や教団を巻き込んだのは、本当に山田だったのか? 実はそうではない。 教会や教団を巻き込んだのは、むしろ中傷文書をいろいろなところに送り、冷静に話し合いをしない村上密氏並びに教団理事会であると私は考えている。

  その教団理事会は教団監事と共に、当鳴尾教会の住所録を無断使用並びに使用用途を逸脱して、山田の中傷と鳴尾教会の離脱に関する説明会なる案内書を、未信者、小学生、幼稚園児にまで送付し、山田と信徒の信頼関係を壊した。そして、その説明会の案内書は、当教会役員には説明会当日に到着するように、発送日を変えて送付した事も消印の日付から判明している。 こんな事をしなければ、話し合いが出来ない教団なのかと呆れてしまう。さらに、その説明会になぜか村上密氏も同席。信徒の代理人であると主張し、その契約書?を司会者である教団監事に見せて、出席し続けた。(改選前の鳴尾問題担当理事者は代理人を認めていなかった。)

  そして、この説明会の最後に理事者が言った言葉は「離脱に反対する方は別の所で礼拝をします」というものだった。当教会責任役員は「そんなことをしたら教会が分裂してしまう」と語ったが、「正しい権威に従えばいいのです」との返答。その日以来、ほとんどの教団離脱反対信者は、自らの意思をもって、鳴尾教会の礼拝には出席せず、一信徒の家で行なわれる礼拝に出席している。 教会はこうして分裂したのである。

  その後は、教団理事会も離脱反対信者も「話し合い」による解決へという選択肢はないかのごとく行動が取られた。その一つが、離脱反対信者が教団教職へ送付した山田及び責任役員に対する中傷文書である。(最初の発送業者は、村上密氏が居住する京都七条にある配送センターであった。これは村上密氏が背後で関わっていることの証拠でもある。) そして突然、裁判所からの通知が届き裁判が始まったのである。裁判の訴状については、このブログ内ですでに記録されている。教団離脱反対信者の主張に「偽り」のあることがあからさまになった裁判である。


  さて、村上密氏の言う「信者の半数を切り捨てた」と主張する根拠とは何か? それは離脱反対信者が別帳会員になったことを受けてのことだと主張しているが、「別帳会員」になるということは切り捨てとはちがう。それは間違った解釈である。


  別帳会員とは、信者が長年(2〜3年)音信不通になるとか、戒規を受けるなどがあった場合に、通常の会員とは違った会員籍になる。戒規とは、罪が明らかに重大な場合に、本人にその罪を示し、悔い改めを願い、牧師や長老との個人的指導期間として、聖餐を一定期間遠慮してもうとか、議決権のお休み期間を設けるなどする、教会の伝統的な戒めである。


  この別帳会員などを決めるときが、年度末から1月にかけての会員の確認時期である。これは総会で報告するためでもある。今回、離脱反対信者が別帳会員になったのは、@牧師や役員の中傷文書を教団教職に配布したり、A新来会者に「この教会に来ないほうが良い」などを語ったり、Bこの鳴尾問題に全く関係のない村上密氏を立て裁判を提起した事などの理由により、戒規を受ける立場になったからである。特に「代理人」は教団の規則や慣習には無い。教会の中で問題があれば教団の理事者が対応してきたし、名張教会との問題の時には教団理事者も代理人は認めないと文書で回答をしていた。だから山田並びに当教会役員は教団理事会との話し合いで進めてきたのであって、関係のない人物の登場をこちらは認めていない。故に、教会秩序を乱している村上密氏を代理人とする事は大きな問題として扱っている。


  「代理人」の最大の問題は「まかせっきり」になり、自らが善悪を考えて行動することを辞めてしまう傾向が強いと言うことである。実際に、係争中に信徒が何も無かったかのように挨拶をしてくるのに、とても驚いたことがある。「係争中なのでは・・・」と話すと、「まかせっきりなので・・・」という反応である。

  当役員会は離脱反対信者に対して戒規についての「話し合い」をするよう個人的に手紙を送ったが何も返答は無かった。後に、村上密氏が教団離脱反対信徒に対して「個人的に牧師や役員と話すことをしないで・・・」と伝えた文書が見つかっている。 このようにして、話し合いは無いかのような態度に対し、離脱反対信者は別帳会員籍となったのである。 こちらは、彼らが戒規になった理由を理解できるならば、別帳会員でなくなる時期があることを考えている。よって、当教会は「切り捨てて」はいない。また、教団は「山田は信徒を排除した」と語ったが、そのようなことも無い。


  離脱反対信者が本当の意味で「切り捨てられた」と感じるのは、「切り捨てられた」という言葉をかけられた時である。誰が「切り捨てた」と言ったのか。それは村上密氏である。村上密氏が信者に対して「あなたは切り捨てられた人です」との言葉を発したときに、信者は「切り捨てられた」というイメージで生きなければならなくなったと言うことを、村上密氏は分かっていない。

  別帳会員について言えば、吉祥寺のブログで「敵対する信徒を別帳に切り分けて宗教法人としての教会総会を開催し、教団から教会を切り離して単立の宗教法人に変更して乗っ取った」などという記事があるが、デマ文章であることを記しておく。 総会前に別帳会員になった信者は一人もいない。


  裁判(原告敗訴)が終わり、すでに県庁からの離脱認証が確定(教団からの審査請求は棄却)と言う中で、教団は離脱反対信者の群れに対して、2011年に「鳴尾純福音伝道所」を設立。今年2012年4月に、担任教師も派遣された。2012年3月の時点で伝道所に来ているのは5〜6名ということである。(関係者の証言)


  その他の信徒はどうなっているのかわからないが、一つ分かっているのは、裁判の最中に、一人の原告信者から連絡があり「切り捨てられたから「小羊の群れ」で再洗礼を受け、そこに加入した」と言うのである。「洗礼は1度きりである」と同時に「切り捨ててはいない」旨を説明したが、だめであった。一体、別な所で礼拝を指導した理事会及び担当教師は、離脱反対信者に対しどんな牧会をしてきたのだろうか?とても残念である。


  いずれにせよ、鳴尾純福音教会(伝道所)に通う教団離脱反対信徒は誰一人、転籍届けや退会届を、未だ鳴尾キリスト福音教会に提出していない。ということは、村上密氏の言う関西教区の牧会倫理規定に立つならば、手続き上、彼らは別帳会員であっても鳴尾キリスト福音教会の信徒である。そして、牧会倫理違反を犯しているのは、教団理事会であり、村上密氏ということになる。


  別のところで礼拝をするよう信徒を切り離し、教会を分裂させたのは理事会であるが、当教会は除籍もしていないし、切り捨ててはいない。 嫌だと言ういう人に手を差し伸べても難しいが、帰ってくれば迎える準備はある。お互いに冷静になる時間が必要だ。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

posted by Naruo at 00:25| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

当教会に関するアッセンブリー京都教会 村上密氏の発言(1)

  つい先日(10月17日)、村上密氏のブログを見たら「鳴尾キリスト福音教会」という題の文章がアップされた。

  「またか・・・。」というか「しつこい」というか、「前任牧師の娘婿」という立場からか、「裁判で勝つ」と教団教職に語っていたのに勝てなかった腹いせか、「逆恨み」か・・・。はたまた、何としても、鳴尾キリスト福音教会に人が集まらないようにと文章を書いているのか。 私たちの内部資金を知り尽くしているかのように書いているところに「推測による断定と断罪」を繰り返す村上密氏の癖(罪)が見える。

  確かに、村上密氏と教団理事会と教団監事の不当介入によって、教会は分裂し、信者は半分になった。 しかし「少数」ではない。昨年と今年、1名ずつの洗礼式もさせて頂いた。また、収入は教会が分裂し、信者が半分になった分、減少した。 しかし、「一般収入が激減し、貯えられた資金を切り崩し」てはいない。神様が助けて下さり、また、支出を抑えつつ「資金を切り崩さず」に教会運営は行なわれているのが実情である。

 一体、村上密氏は何を根拠に一つ一つを語っているのか?

  「推測による断定と断罪を繰り返す村上密氏」と私(山田博)が言うのは、こういう村上密氏の不誠実な文章を書く姿勢についての思いからである。もしかすると、実情を引き出す狙いがあるのか?・・・。そうかもしれない。あるいは、鳴尾キリスト福音教会を貶め、それが離脱反対信者の慰めとなり、しかも自分の対面を保とうという意図があるのか?・・・こちらのほうが実に、現実的だ。


  さて、今回から3回に渡って村上密氏の今年(2012年)4月30日の記事「乗っ取り」に関することを論じたい。

  まず確認したいのは、今回の私(山田博)の文章の範囲を「山田並びに当教会に関係する村上密氏の発言」に限定する。村上氏は多くの事件と絡んでいるので、当教会とは別の事件に関係する村上氏の発言について、私は全く知らない。よって、ここでは「山田並びに当教会に関係する対する村上密氏の発言」に対してのみ論じていることを前提に読んで頂きたい。

  そのことを覚えながら、村上密氏の文章に誤り(デマ)があることを指摘したい。「デマ」の定義も、村上密氏が自身のブログで語っているので、後日、示す。


 以下に、村上密氏の2012年4月30日の「乗っ取り」という記事の文章(抜粋)がある。

  「日本でも某教団ではドイツのキリスト教異端を容認する牧師によって、教会が乗っ取られました。 牧師が役員会で教団批判を繰り返し、情報統制と操作で総会で離脱の決議を成功させました。 教団離脱後、信者の半数強を切り捨てるという暴挙を行いました。これは広く報じられているので、日本での教会乗っ取りの事例として悪用されるでしょう。」

 ここで「某教団」というのは、村上密氏の所属する「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」であり、「ドイツのキリスト教異端というのはシュタイナー、そして、それを「容認する牧師」というのは私たちのことであろう。そして、この私たちに「教会が乗っ取られた」というのである。

 この村上密氏の文書は間違った情報・デマである。そのことを以下の3つの点から指摘する。


(1)山田はドイツのキリスト教異端について、村上密氏の理解する容認はしていない。

(2)山田は村上密氏の考える教団批判をしていないし、情報統制と操作はしてない。その根拠も無い。
(3)当役員会は教団離脱後、信者の半数強を切り捨ててはいない。



 今回は(2)について論じ、次回(3)、その次に(1)の順で論じていく事とする。

 さて、(2)ついては、まず前回のブログ「消されたブログ文章」の石原氏との対話を参照して頂きたい。その中で、私が村上密氏の発言に対して語ったのは、


  「私たちが離脱をしたのは、牧会倫理規定やシュタイナー容認を責められ、それから逃れるためにしたのではない」ということである。


  当鳴尾教会役員会は、代理人というあり方を持たない教団が、代理人と称して行動を起こす村上密氏の行動に対して、何度も「関係の無い村上氏の行動を止めるように」と教団理事会に訴えてきた。


  しかし、教団理事会は、教団理事会の議事録の閲覧をめぐって村上密氏から裁判を起こされ、それが教団総会に知られると、教団総会の議員も知らないところで(当然、山田も知らないところで)教団理事会と教団監事と村上密氏が「三者合意書」なる密約を交わし、教団理事会の議事録の閲覧と共に「このような裁判の事態になったのは山田の責任であり、山田に対して処罰をする」ことを決めたのである。 このことが教団総会議員に知られるのは半年以上立ってからの事である。


  教団理事会は、教団総会議員にこの「三者合意書」の説明をせず(当然、承認をとることなく)、山田に対して、この「三者合意書」に基づき、牧会倫理規定違反と異端問題の解決を「謝罪金と謝罪」あるいは「鳴尾教会からの転任」として要求してきたのである。


  当時の教団理事長 内村氏と教団総務局長 細井氏(現理事長)は、山田に対して、この「三者合意書」の存在や要求の経緯を知らせないまま、謝罪金を「牧会倫理を犯したのでその迷惑料」として名張教会の担任教師に支払うか鳴尾教会からの転任を選ぶようにと語った。(後で知ったのであるが、この迷惑料とは名張教会の担任教師津島氏とその代理人の村上密氏が、理事会を相手に「理事会議事録の閲覧請求裁判」をした費用を理事会と山田に対して半額ずつ支払わせるということが分かった。)


  山田はこの話の中で、村上氏の言う「ドイツのキリスト教異端」(シュタイナー)については、どのように山田が悪かったのか、また、しっかり調べたのかと問うたが、担当理事者は“調べてない”と言う返答だった。言うなれば、誤りを指摘することが出来ないと言う有様だった。


  「牧会倫理規定違反とシュタイナー問題」の解決が「謝罪金と謝罪あるいは転任」で済ませられるのか、まして、謝罪金は名張の牧師とその代理人の村上氏が理事会相手に起こした裁判なのに、その費用の半分を山田が払えと、これが解決だと、あるいは、転任したら問題は解決だと本当にそれで終わるのか? 実に大きな疑問が今も残っている。


 まして、公正な調べもせず、また正直に説明もしない。 後には、教団理事長の業務状況を監査する教団監事までが入り、教会住所録(礼拝出席者住所録:交わりだけに使用するようにと語ってきた名簿)の無断使用並びに使用用途の著しい逸脱をして、未信者や小学生、幼稚園児にまで「山田は不正をしている」と、他にもいろいろと嘘の書かれた手紙(この手紙の内容にも驚かされる。離脱となると、嘘まで言いふらして阻止をするのかと言う姿勢が分かる)を送り、挙句の果てには、宗教法人法を知っているはずの各教団理事者・教団監事が宗教法人法を間違って解釈して偽りの情報を手紙に記し、山田並びに当教会役員を責めるのである。


  このような教団(理事会・監事)に対し当鳴尾教会役員会は、謝罪金を支払ったらこちらが間違っていた事を認める事となり、必ず鳴尾からの転任やその責任を負い続け消える事はない、また何を要求してくるか危険を感じた。それ故に教団離脱に至ったのである。


  また、村上密氏の介入は、前任者の津村昭二郎氏が引退をした原因の騒動時に深く関係し、その時も教会に分裂が起り、一部の信徒は教団離脱まで考えていたという経緯からすると、村上氏の2度目の介入に対して、教会役員は個人的な思いから、教団への失望を持ち、離脱の方向へ進んだのは必然である。


  そういう面からしても、牧師が役員会を「情報統制と操作をして誘導した」のではない。これは「推測による断定と断罪を繰り返す村上氏」の発言である。(村上密氏の発言に根拠が無い。)


  また、教団批判というが、批判とは辞書によるならば「是非・善悪を批評し判断すること」である。当鳴尾教会役員会はそう言う意味において教団理事会を批判をしたのであって、村上密氏が言うところの常に批判的(否定的に考える態度・立場を取る様子)ではない。こちらは、教団理事会に対して当役員会と話し合うようにと働きかけをした経緯があるし、村上密氏が教団全体を巻き込む程に大ごとにするまでは、山田は教団理事会の要求にすべて応答して協力してきた事実がある。


  そして、臨時信徒総会においても、教団離脱反対信者が訴えていたような「教団が悪いと言った発言」もないし、自由な発言の機会を奪ってもいないし、強行に離脱の採決に促した事実もない。教団離脱反対信者も数名が質問をし、山田並びに当役員は十分に説明をしている。(裁判所に山田から、臨時信徒総会の録音したものを提出し、裁判所は離脱反対信者の訴えを認めなかった。つまり、教団離脱反対信者が偽りを語ったということ。)


  そのような事実からも、村上氏の文章の中で「教団からの追及を逃れるために離脱を企てた」旨の発言は、根拠の無い「推測による断定と断罪」である。こちらは追及を逃れるために離脱をしたのではない。



  ちなみに、村上氏の言う「教団からの追及」とは、村上氏のブログ2012年1月31日『山田晃美考』によれば「関西教区の牧会倫理規定違反とシュタイナー容認問題」だそうだ。


  まず覚えたいのは、牧会倫理規定違反の件では、大切なことが議論されていない。それは、自分の通っていた教会の担当牧師に失望し「教会を辞めた」と、その教会の担当牧師や通っている信者に告げてきた者(今回の場合は、山田が牧会していた時代の信者)が、その信者を導いた牧師に「私は教会を辞めてきた。キリスト者になるのではなかった」と言って来た場合、その信者に関わって、信仰を捨てないように励まし、その信者の家で礼拝したことが、(その信者の教会籍がまだ残っていると言う理由で)牧会倫理規定違反になるのかと言うことである。


  もし、それで規定違反と言うならば(次回にも話すが)、鳴尾教会を辞めてもいない信者に対して関わった村上密氏並びに教団理事会・監事は牧会倫理に違反していると言うことになる。村上密氏がどんなに、先のブログ『山田晃美考』の中で「わたしは教団からも教区からもそのような指摘は受けたことはありません。・・・そのようなことはないのでどこにも謝罪しません。」と、言わば「関西教区の牧会倫理規定違反をしていない」と『教団と教区が指摘しなかったら規定があっても違反にならない』といったとしても、現実には鳴尾教会の信者に、教会役員会の許可無しに関わったのである。 これが規則を守ることを推奨してきた村上密氏の行動である。


  教団に対して批判的であるのはむしろ、村上密氏である。 昨年、自らのブログで「アッセンブリー教団の危機」と題して何回も教団を批判的に発言した文章がある。(一度は削除されたが再びアップされた。)自浄作用が利いていない教団であることを指摘した村上氏の発言に対し、開いた口がふさがらない。


  山田と鳴尾教会役員会は、このような組織の力で抑え込もうとする、パワーハラスメントではないかと思うような日本アッセンブリー教団理事会と教団監事、また、執拗に難癖をつけてくる村上密氏に対し、今後、何をされるか恐ろしくもあり離脱したと言うことも伝えておきたい。


  しかし、このような教団とはいえ、教職の中には、随分私たちを応援し、助け、祈って下さった方々、今も「元気ですか」とお声をかけてくださる方々がおられる。そのような方々には、大変ご迷惑とご心配をかけ、誠に申し訳なく思う思いで一杯であることを、この場においても、お伝えしたい。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

posted by Naruo at 02:52| 日記 | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

消されたブログ文章――「Rhapsody 寸話」

鳴尾キリスト福音教会の山田博・山田晃美に関するブログ文章が削除された。

 ブログ名は「Rhapsody 寸話」。作者は「カリフォルニアの星」の牧師、Abe Ishihara氏である。(米国アッセンブリー教団教師。日本アッセンブリー教団時代では石原正治氏に当たる)

 このAbe氏から1月にメールが届き「山田博先生。先生からのリクエストに応えてというわけではありませんが、新年、考えるところがあって、私のブログから、かなりの部分を削除しました。勿論、鳴尾に関した部分も、削除してあります。あえて確かめて頂くには及びませんが、お知らせまで。」というのである。

  あれほど痛烈に「鳴尾キリスト福音教会問題」として記事を書き、こちらの投稿に対しても一切聞く耳を持たない雰囲気で返答をしてきた氏であったが、まことに不思議である。

  もともとAbe氏と私(山田博)は全く面識がない間柄ではい。Abe氏との付き合いは、私が秋田に赴任し、秋田教会を牧会していた時からである。Abe氏の義理の兄が秋田教会の会員であったことから、氏は秋田教会に来てくださり説教を1度して下さった。そんなこともあり、カリフォルニアの星教会への祈りと季節ごとではあるが献金をしてきた。鳴尾に赴任してからも変わりはなかった。そして、鳴尾でも1度、説教をして頂いたこともあった。また、「随想 吉祥寺の森から」と言う杉本氏のブログに記事が載せられた当初も良き理解者であった。

  しかし、ある時、突然に態度が変わり、気がつくと「Rhapsody 寸話」ブログに記事が記載され、何度かブログに投稿して理解を得ようとしたが頑として受け入れられることは無かった。以後、関係は絶たれたままとなったのである。 

  記事が削除されたからといって、Google検索から消えるわけではない。キャッシュをクリックしていけば、どこかに記事の全文が出ていて閲覧できる。一度記事にされ投稿されたものは、運営会社がなくならない限り消えないのがネット上の厳しさである。

以下に削除されたAbe氏との対話を記載する。
他のブログでの事実誤認に対する反論も記載されているためである。
                                 


2010/11/29(月) 午後 8:44 [ naruo_gospel ]

Abe氏へ

山田博です。
この「鳴尾キリスト福音教会問題」の記事は、
迷惑ですので、削除してください。
                                 


2010/12/3(金) 午前 10:20 Abe

  最近あんまり更新が無かったので、自分でも殆ど見ませんでしたが、「吉祥寺の森から」に、日本アッセンブリー教団理事長の、鳴尾と山田先生の問題が、公開されましたので、

「鳴尾教会離脱に関する理事会説明」
http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/52223192.html

  自分のブログも覗いてみましたら、なんと山田先生自身の書き込みでした。

  杉本氏のブログでは、いつも削除してほしい理由を述べておられますが、私のブログへは、何の理由も言わずに、ただ「迷惑ですので、削除してください」ですか。確かに、ここに書いてあることは、みんな本当のことですから、山田先生には迷惑なことでしょう。前から、申し上げておりますが、教団に詫びを入れて、ゼロからやり直されることをお勧めします。あなた方夫婦のなさったことは、非常に大きな問題です。日本アッセンブリー教団も、そう認識しているではありませんか。

  山田先生には迷惑かも知れませんが、削除は出来かねます。                    



2010/12/7(火) 午後 6:34 [ naruo_gospel ]

Abe氏へ

山田博です。

>>財産も含めての離脱では、そういう信頼を裏切る行為だと思われても、しかたが
   ないでしょう。これはいわば、乗っ取りです。

  信頼を裏切ったのは、経過を辿ると教団理事会の方だと私は考えています。
  問題の解決の最中に、M師が代理人となって2008年、理事会に対して理事会議事録等請求裁判を提訴し、その和解は山田とは関係ないのに、教団総会議員に伏せたまま(了承もとらない)で、訴訟費用の半分を償い金として支払うか転任か、これが解決だと迫ってきました。

  私たちは、教団総会での事情を明かされないまま、理事会が困っているという事で、償い金か転任かの内を選んだ訳ですが、不自然な点を総務局長に尋ねていくと、3ヶ月も経って教団総会の事情を明らかにしてきた経緯があり、当役員会としては、この教団は危険であると判断し、鳴尾教会で総会をすることとなった訳です。
                                 


2010/12/7(火) 午後 6:39 [ naruo_gospel ]

(続き)
  そして、教会総会後は理事会はM師と一緒になって、当役員会の許可なしに信徒を集め、山田は不正をしたと言いふらし教会を分裂させたのです。また、話し合い無くして山田に対し転任に伴う代表役員の退任証明書を作成し、不利益な処分(宗教法人法第78条の違反)をしています。

  こんな状態で、どうして教団に謝って戻る事が出来るのか疑問です。しかも、M師によって散々、山田の中傷を教団教職に言いふらされて、どうして、教団に戻る事が得策なのか全然理解できません。

  そして、何が乗っ取りなのか、その根拠も分かりません。嘘や非合法にしたなら、それを立証して指摘すればよい事ですが、あまりにも一方的な解釈の元に情報が流されています。ですから、とても迷惑です。



2010/12/8(水) 午前 11:19 Abe

山田先生へ

  私は、日本を離れてもう長いので、日本で起こっていることについては、そう私に影響があるわけではありません。ただ、先生が、M師や教団理事会に対して、不信感を抱き、もうこれ以上教団にはいられないと思われたのなら、ついてくる信徒を引き連れてでも、鳴尾を出て、別の場所でおやりになることはできなかったのでしょうか。名張の幼稚園経営者の方ですか? そういう方も取り込まれたとしても、ここまで問題にならなかったでしょう。教団を出て、別の場所でおやりになったのなら、それがたとえ、鳴尾教会の目と鼻の先であったとしても、シュタイナーでここまで、叩かれることも、勿論、元信徒からの裁判や、教団の行政を通しての抗議なども受けて、ここまで火達磨になることもなかったと思うのです。先生の、伝道者生命に、いかにも残念な深に傷を負われたと、お気づきになりませんか?財産まで持って行くというのは、うまくいけばクレバーですが、(これは動かし難い事実ですね。)そう簡単にはいかないでしょう。      
                                              

2011/3/26(土) 午前 0:29[ naruo_gospel ]

鳴尾キリスト福音教会の山田博です。

  >>「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、昨日、年次総会を終えたようですが、何らかの話し合いがなされたはずです」

  アッセンブリー教団の総会では、どんな話しがでたのでしょうか?まったく聞こえてこないと言うことは、私たちに不正がなかったということでしょう。なぜその後の事を教団もAbe氏も報告しないのでしょうか?自分が不利になったからですか?そうかもしれませんね。

  教団は、文部科学省に認証取消しをかけて審査請求を出しましたが、12月1日付けで訴えが全面的に棄却されました。

  また、村上氏が代理人となって起こした総会無効確認裁判でも棄却されました。こちらは、村上密氏側の全面敗訴です。裁判費用も100%原告負担という判決が出されました。(通常、過失が双方にある場合、勝訴側にも何割か裁判費用の負担を言い渡される場合があります)

  この点、村上氏のブログには間違いがあります。彼は、「却下された」と言いました。却下ではなく、裁判官が提出された資料をしっかりと調べ「棄却した」のです。
                                              

2011/3/26(土) 午前 0:33[ naruo_gospel ]

(続き1)

  控訴するということですが、無駄な時間と労力である事を知らせない弁護士と村上氏の責任は重いと思います。多くの弁護士が、「新しい証拠がない限り控訴は断念すべきである」と語っています。控訴するのは勝手ですが、今回の場合はこちらの正当性が示されたわけですから、もっと別な方法を模索すべきです。

  そもそも、この裁判にしても、裁判になる前に「話し合いによる解決」がない異常さを感じます。教団にしても村上氏にしても、なぜ、いきなりミサイルを撃ち込むようなやり方しかできないのでしょうか?

  理由は2つ考えられます。1つは話し合えば、自分たちのミスが指摘され不利な立場になると認識しているから。もう1つは村上氏の思考に理事会が丸め込まれ「意にそぐわなければ強引に従わせる」方法をとったためと理解できます。歴代理事者が嘆いておられる事を現在の理事者は知らないのでしょうか?また、聖霊によるうるわしさはどこへ行ったのでしょうか?

  聖霊教団が聞いてあきれます。本当に情けない限りです。
                                              

2011/3/26(土) 午前 0:35[ naruo_gospel ]

(続き2)

  また、村上氏は自身のブログの中で私の尋問い対して「何度も苦しい答弁をした」と発言していますが、原告信者が嘘を証言している事には、何も感じないでほって置くので
しょうか?原告の主張した錯誤無効(簡単に言うと私たちが嘘を言って信者を騙し、総会の議決をした)や手続き上の瑕疵、あるいは詐欺すらなかったと裁判官は示したのです。この事実をどう受け止めるのでしょうか?

  教団も村上氏も私たちに対して、謝罪してしかるべきと考えます。日本アッセンブリー教団の誠実さと良心が問われています。また審査請求でも裁判でも明らかになった事ですが、この教団は「宗教法人法すらまともに理解できず信者に嘘を提示して裁判を起こさせた教団」であることもお伝えしたいです。
                                              

2011/3/26(土) 午前 4:05 Abe

  お勝ちになったそうですね。しかし、昨年12月3日と12月8日の、私のコメントをお読みになれば分かるでしょうが、今回の件は、先生方のなさなったことを問題にしているのです。現実は、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団鳴尾キリスト福音教会は、なくなったのですから。そして、うまくいけばクレヴァーだとも書きましたが、それは真理が勝利したのではなく、先生方の方が、教団よりずる賢こかったから勝利したという意味です。まあ、この世の中には、ずる賢くふるまって、世渡りをする人もいますが、先生方は、そういう一人であったという意味です。ご夫婦揃って、立派な大学を卒業なさって、そういう策には長けておられることがよく分かりました。私のような頭の悪い者でしたら、鳴尾を出て、別の所で開拓するしかありませんでした。しかし、裁判に勝っても、控訴されていますから、まだ裁判は続くわけですから、それで平安ですか?最高裁まででも、いくかも知れませんよ。
                                              

2011/3/26(土) 午前 10:24[ naruo_gospel ]

鳴尾キリスト福音教会の山田博です。

  Abe先生は控訴の事がよく分かっていないようですね。
今回の場合は、どこまでいっても結果は同じです。
(最高裁の上にさらに裁判所があってもです。)

  クレヴァーでもなく、真理が勝ったのです。
何かAbeさんの話しを聞いていると、私が独断専行して信徒は騙されたみたいな感じがしますが、残っている信徒の権利や思いもあって離脱したのですから別の所でする必要はないでしょう。

  むしろ、異常なのはアッセンブリー教団の執行部(理事会と監事)です。話し合いもしない教団っておかしいです。宗教法人法すらしっかりと理解しないで、結果的に信徒に嘘の情報を教え、そのままにしておくのもおかしいです。

  私たちは、当初から主張しているように、教団を出たくて出たのではありません。

  異常な教団だからこそ離脱をしたまでです。「自分たちは先輩で、権威があって、お前たちは命令に従え」みたいな態度をしてきたのですから、それに対する謝罪から今後は始まるのではないですか?
                                              

2011/3/26(土) 午後 9:15 Abe

  私は、「現実は、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団鳴尾キリスト福音教会は、なくなったのですから」と書きました。「真理が勝った」といわれますが、よく言われるものだと思いました。あなたが、日本アッセンブリー教団を異常だと断定なさるなら、正常な教団というのはあるのですか?正常の基準は、あなたですか?どこの教団であれ、多かれ少なかれ、いろいろ痛みを抱えながらやっているでしょう。私は、アメリカにおりますから、投票しておりませんが、教団の執行部は、あなたも投票して選ばれた人たちが、形作っているのではありませんか。私の「今のところは、うまくおやりになりましたね」という、山田先生に対する評価を変えることはありません。
                                              

2011/3/26(土) 午後 9:35 Abe

 「信徒の思いもあって離脱したのですから別の所でする必要はないでしょう」といわれますが、規則を改正して、あなたに反対する半数の信徒は切り捨ててやった総会で、離脱をなさったわけですから、これが異常でなくて何でしょう。
確かに「うまいです(クレヴァー)」。
                                              

2011/3/26(土) 午後 10:57[ naruo_gospel ]

山田博です。

  >>「あなたに反対する半数の信徒は切り捨ててやった総会」という発言は事実誤認(デマ)ですね。

  誰がそんなでたらめを言ったのですか?総会の時は何の問題なく、心あるもの(委任状を提出した人も含めて)が参加した総会が開かれ、決議されたのです。総会の後、誰かが村上氏に連絡し、また理事会が許可無く信徒を集めて騒動を巻き起こしたというのが事実です。反対信者は、反社会的行動、教団倫理違反の中で、訴訟後に別帳会員になったまでです。まして「切捨て」てはいません

  行動が間違っていたと理解できれば元に戻れます。
                                              

2011/3/27(日) 午後 11:37[ naruo_gospel ]

山田博です。

>>「日本アッセンブリー教団を異常だと断定なさるなら、正常な教団というのは
   あるのですか?」

と豪語されますが、佐布理事長時代、内村理事長時代、そして現在の理事会と、問題解決の方法論など、その行動は段々と異常さを増しています。

  長年、理事会からの対応をずっとしてきた者として考えると、どうも原因は、「許可を得ないで行動する村上氏」に対してきちんとした対応ができないことと、執行部内に村上氏を強力に支持する理事や監事がいたからだと推察します。村上氏は私たちの行動が「違反だ」「違反だ」と語ってきましたが、では証拠はというと、決定的なものは挙げられずに、挙句の果ては論点を変えてくる有様です。
その結果が、裁判の「棄却」判決にも、文部科学省の審査請求の「棄却」にも現れている事を吟味しなければいけないのではないかと思います。

  村上氏の発言に教団中の教職が振り回され、「またか」という印象を、今は多くの教職が持っています。いい加減にしてもらいたいですね。
                                              

2011/3/28(月) 午前 8:55 Abe

  繰り返しますが、「現実は、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団鳴尾キリスト福音教会はなくなった」のです。鳴尾に就任して数年で、この仕事をなしとげられました。実にお二人とも、頭がいい方たちです。あなたの「異常」というコメントを、佐布先生や、内村先生や、現在の理事長・細井先生がお読みになるように、願っています。
                                              

2011/10/28(金) 午後 4:30[ naruo_gospel ]

鳴尾キリスト福音教会の山田博です。

  先日、村上密氏(前任牧師の娘婿であり、アッセンブリー京都教会牧師)を相談役(代理人:関西教区の牧会倫理規定違反)にして、離脱反対信者が起こした裁判の控訴審(2審)判決があり、離脱反対信者にとってさらに厳しい全面却下判決が下されました。

  第1審では全面的棄却(受理した訴訟について審理の結果、その理由がないとして請求をしりぞけた)判決であり、第2審では全面却下(訴えの内容を審理しないで不適法(訴訟法に関して法に触れていない)として門前払いする)判決です。

  村上氏は以前、教団教職に対してデマ文章を送り「鳴尾の教職が教会規則並びに宗教法人法に基づかない『教団離脱』を4月5日、臨時総会で決議した」と語ったことがありました。理事会もこの言葉に翻弄され、村上氏と共に秘密裏に鳴尾の信徒を集め、嘘の情報を流して騒動を拡大させ、文部科学省に認証取消しをかけての審査請求、並びに裁判へと至らせました。文部科学省の棄却判決に続き、この裁判での却下判決は村上氏の発言がデマであったことを確認するものであり、この裁判は不当裁判であると推定します。
                                              

2011/10/28(金) 午後 7:12[ naruo_gospel ]

(続き)

  話し合いを一切しないで、嘘を語った村上氏と理事会そして信徒たち。村上氏が出てこなければ『離脱』という事にはならなかったと思います。また、村上氏が出てきた元の原因は名張教会の牧師の代理人と言うことからでありましたし、やはり名張教会の信徒の嘘(シュタイナーの踊りを山田が教えていたと言う嘘)からで、この牧師と信徒の問題は置き去りにされています。

  また、一連の流れの中で思うのは、村上氏に関わる人はなぜか嘘があるということです。

  村上氏の「物事に対する極端な推測による断定と断罪」という癖がそうさせるのかも知れません。教団内で孤立するのはこういうやり方に対する現れなのではないでしょうか?
                                              

2011/11/8(火) 午後 11:05[ naruo_gospel ]

鳴尾キリスト福音教会の山田博です。

  本日、控訴審の判決が確定しました。 これでもう最高裁へ行くことなく裁判は終了です。教団並びに村上密氏(離脱反対信者の代理人)のすべての訴えに対しては勝つことが出来ました。

  判決の要約を「鳴尾キリスト福音教会から皆様へ」のブログに記しましたので、興味のある方はご覧下さい。

  教団理事会の件については、村上氏がブログにて批判しておりますので、本当に異常な状態であることが分かります。しかし、私についての村上氏のブログ記事はデマ部分が多く、注意が必要です。いずれ鳴尾のブログにて反論したいと思います。

  なお、離脱を決議した時点での担当理事者は、現在の理事長細井氏と教団負担金問題で謝罪した財務局長船津氏と謝罪しなかった総務局長天野氏でした。ご自分のことは棚に上げて、いろいろと攻め立てた方々です。



posted by Naruo at 12:42| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

アッセンブリー京都教会・村上密氏 第2審も敗訴

   先日2011年10月20日午後より大阪高等裁判所にて、村上密氏(前任牧師の娘婿であり、アッセンブリー京都教会牧師)を相談役(代理人:関西教区の牧会倫理規定違反)にして、離脱反対信者が起こした裁判の控訴審(二審)判決が下された。


  今回の判決は、原審判決(第1審・全面的棄却:受理した訴訟について審理の結果、その理由がないとして請求をしりぞけた判決)の離脱反対信者の関係部分がまず取り消され、改めてすべての訴えが全面却下(訴えの内容を審理しないで不適法(訴訟法に関して法に触れていない)として門前払いする判決)となり、裁判費用は全額が原告(控訴人)負担となった。離脱反対信者にとってさらに厳しい判決となったその判決文の要約を記します。


  なお、判決時における離脱反対信者の出席者は、第1審判決と同じく誰もいなかった。1審では期日毎に6〜7名は熱心に来ていて、ある時は「村上先生がいるから大丈夫よ!」と法廷に入室した信徒も居たが、第1審判決には誰一人来ることなく、異様な感じがした。今回も予想通り来なかった。出席したのは、村上密氏と日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団が新たに「鳴尾純福音教会」を設立し、その主管者となった教団理事者と担任教師となった市川純子氏(池田市の神愛キリスト教会副牧師:鳴尾教会出身者)の3名であった。


  また、第2審での控訴人は22名(原審より4名減)で、控訴人ら訴訟代理人弁護士は第1審と同じく、「僧籍に身を置く」と控訴審の準備書面にて自ら発言をした湖海信成氏であった。  



離脱反対信者による総会決議無効確認請求事件 
          高等裁判所(第2審)判決 2011年10月20日(木)
 要約
  *本文中の「P」は判決書の記載ページを示しています。

主 文
1.原判決中、控訴人らの関係部分をいずれも取り消す。
2.控訴人らの主位的請求(総会決議 取消し)及び
       予備的請求(総会決議 無効確認)に係る各訴えをいずれも却下する。
3.訴訟費用は第1、2審とも控訴人らの負担とする。


事実および理由

  (本件の事案については、第1審判決を参照されたい。)原審における争点は、
(1)控訴人らの原告適格の有無、(2)本件総会決議の瑕疵の有無である。(P2)

なお、原判決で原告適格を否定された原審相原告の柏○○穂子及び大○○代はいずれも控訴しておらず、また、その余の原告のうち、飯○○子及び平○○子も控訴しておらず、上記4名については原判決が確定している。(P2)

裁判所の判断(P5〜)

1.当裁判所は、控訴人らの主位的請求(総会決議 取消し)及び予備的請求(総会決議 無効確認)に係る各訴えをいずれも却下すべきものと判断する。

その理由は以下のとおりである。

2.本件総会決議無効確認についての確認の利益の有無について

  ア)最高裁 昭和47年11月9日判決、民集26巻9号1513頁の判例をもとに本件を考えると、本件総会決議無効確認の訴えは、確認の訴えにおける確認の利益が必要で、その確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確認することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められ、このような法律関係存否の確定は、その目的を達成する上で最も直接的かつ効果的になされることを要する。(P5(第3の3))
確認の訴えとは、一定の権利または法律関係の存否に関する主張について判決を求める訴え。)
確認の利益とは、訴えの利益とも言い、国家の裁判機関を用いて紛争を解決するに値するだけの利益・必要性があるかということ。)


  イ)しかるところ、控訴人らは本件訴訟で問題となる確認の利益につき、被包括解消は、控訴人らにとって極めて重大な影響を与えるので本件総会決議無効確認を求める法律上に利益があると主張するのみで、@控訴人らの法律上の地位ないし利益が害される危険があることやA本件総会決議無効確認判決を求めることが、当該紛争を解決し、控訴人らの法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要かつ適切であることについて具体的な主張立証がされているとはいえない。(P6)


  ウ)また、控訴人らの主張によっては、本件総会決議が控訴人らに具体的な権利又は法律関係に及ぼす影響、その無効確認が法律上の紛争解決に果たす役割を判断することができず、控訴人らが、本件総会決議無効確認判決を求める法律上の利益を有するとは認められず、また認めるに足りる証拠はない。(P6)


従って、控訴人らの本件総会決議無効確認を求める訴えは不適法というべきである。


3.本件総会決議取消しの訴えの適法性について

  ア)決議取消しの訴えは形成の訴えであるから、決議取消しの訴えが認められるためには法律上の根拠を要する。(P6の4)
形成の訴えとは、原告の請求が一定の法律要件に基づく特定の権利または法律関係の変動(権利義務関係が発生、変更、あるいは消滅することを生じさせるには法律要件を充足する一定の事実(法律事実)がなければならない)の主張をするものであり、その変動を宣言する判決を求める訴え。)


  イ)しかし、宗教法人法においては、決議取消しの訴えに関する規定はもとより、総会や召集手続き等に関する定め自体がなく、宗教法人については株主総会と異なり、いかなる総会をどのような手続きで開催するかについては、団体の自治を尊重し、決議の瑕疵に関しては特に法的規制を加えない趣旨と考えられるから、本件総会決議の瑕疵に関する訴えにつき、会社法の株主総会等の決議の取消しに関する訴えの規定(831条)を類推適用することはできないと解される。(P6の4)


従って、控訴人らの本件総会決議取消しを求める訴えは不適法というべきである。


4.結 論  

  よって、原判決中控訴人ら関係部分をいずれも取消し、控訴人らの主位的請求(総会決議 取消し)及び予備的請求(総会決議 無効確認)に係る各訴えをいずれも却下することとして、主文のとおり判決する。


  なお、控訴人らの主位的請求(総会決議 取消し)及び予備的請求(総会決議 無効確認)を棄却した原判決について、上記のような職権調査事項である訴訟要件の欠缺(筆者挿入:「けんけつ」:“欠けている”という意味)を理由にこれを取り消して不適法却下する場合は不利益変更禁止の原則の適用はないと解される。
不利益変更禁止の原則とは、控訴した事件について、原判決より厳しい判決を下すことは出来ないという原則)


大阪高等裁判所第6民事部  裁判長裁判官 渡邉 安一  
                 裁判官 安達 嗣雄
                 裁判官 三村 憲吾


 
posted by Naruo at 02:52| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年04月04日

アッセンブリー教団離脱反対信者の訴状と偽り

  アッセンブリー教団離脱反対信者が村上密氏(前任牧師の娘婿であり、アッセンブリー京都教会牧師)を相談役代理人:関西教区の牧会倫理規定違反)にして起こした裁判。

  これは、教団総会において、この鳴尾教会問題の根本問題であった、鳴尾教会牧師と名張教会牧師との和解をしなければという動きがなされようとしている最中に提起されたものである。

  村上密氏は後に、教職宛に文書を送り「教団離脱の問題は解決に向かって行くような発表がされました。しかし、理事会の提案を山田博師が拒んだため、暗礁に乗り上げている」と記した。しかし実際はどうか、理事会よりの手紙や発言は1度もなく、主管者が交代されたと発表されてから約8ヶ月間(現在から数えると1年9ヶ月間)、1度も新主管者とされる細井教団理事長は、鳴尾教会に来たこともないし手紙もない。そのような状態で、何を山田は「拒んだ」というのか? 
 
  村上密氏はデマを語っている。村上密氏の「根拠を示さない」デマ文章はこれだけではない。これは誹謗中傷であり、やめていただきたい。

  さて、裁判を通し時間と労力と経済に著しく損害を受け、結局誰が得をしたかといえば、双方の弁護士だけと言う、言わば「当たられ損をした」鳴尾教会であるが、教団離脱反対信者は村上密氏を介してどんな訴えをしたのか、訴状の要約と筆者のコメントを記したい。(なお、この記事に関してはここだけの閲覧とし、一部分でもコピーして、他で公開する事を禁止する。)


 訴状 2009年11月9日(訴状の送達は11月26日) 要約とコメント

原告ら訴訟代理人(京都弁護士会)
  〒604-0986 京都市中京区丸太町通富小路東入る高山ビル
  弁護士 湖海 信成    TEL 075-222-0852

請求の趣旨

1.被告の平成21年4月5日に開催された臨時信徒総会(教会会議)の被包括の廃止に関する規則変更決議は無効であることを確認する。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

請求原因

1.原告(26名)

  委任状出席信者 9名
  総会出席信者  10名
  総会欠席・委任状不提出信者 7名 (筆者コメント:2名は元々議決権なし)

2.総会決議

 本件事件は、全信徒数60名、総会出席者24名と委任状出席23名の出席合計47名の全会一致とされている。

3.本件決議の無効

(1)本件総会の招集通知は、同年3月22日付けで行われた。しかし、通知書に記載された本件総会の議事内容は「第1号議案 墓地購入に関する件」、「第2号議案 規則変更に関する件」と記載されているのみであった。

(2)出席した信徒らは、総会の場で、議案書が配布された結果、規則変更の内容として、被包括関係の廃止(教会規則3条の削除)が含まれている事をはじめて知った。
   (筆者コメント:これは嘘。 議案書の配布は前日で当日の朝には手渡され、総会前には読むことが出来た)

(3)従って、
  ア.前記の通り、事前に配布された議案書には「規則変更に関する件」と記載されたのみで、具体的内容は一切記載されていない。
   (筆者コメント:これも嘘。 これは議案書ではなく招集通知書) 

  イ.原告の委任状出席者(筆者挿入:9名)は、委任状作成時において、規則変更として被包括関係の廃止が含まれていることを知らず、従って、被包括関係の決議を委任した事はない。そうすると、委任状による決議分23票は、被包括関係の廃止に関する規則変更については本件決議の賛成票とはならない。
   (筆者コメント:提出した委任状を撤回しなかった者や、本件総会に先立ち委任状を提出していながら本件総会決議の効力を争っていない者が14名いる事を認識していない)

  ウ.原告の総会出席者(筆者挿入:10名)は、被包括関係廃止についての規則変更に関しては、

   その場で突然提案され、また、

   何故に被包括関係廃止に至ったのかの説明もなく、更に、

   包括教団(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団)を一方的に非難する発言がなされ(後に事実に反している事が判明した)、そのうえ、

   直ちに採決がとられたため、やむなく反対し得なかった。しかし、

   詳細がわからないまま半ば強制的に採決を強行されたものであって、

   重要な事項につき錯誤に陥ったままでなされた決議であり、

   同原告らの意思表示は無効である

 (筆者コメント:今回の裁判の争点で、訴えられた山田が、臨時信徒総会の録音したものを提出し、原告は上記の赤部分の訴えを立証できなかった。結果として裁判所は原告の訴えを棄却した。訴えに偽りがあったと言うことだ。)

(4)以上のとおり
  ア.本決議は、事前に示された事項以外の決議であるとの点で、本来的に無効である。

  イ.また、原告の委任状出席者を含む委任状出席者は、予め被包括廃止の議案が明示されていないままの委任であるから、賛成票に含めることはできない。そうすると、賛成票は、規則変更に必要な32票(出席47の2/3)以上を充足しないので、同規則改正が議決されたとすることはできない。よって、本件決議は無効である。

  ウ.更に、出席して一応賛成に加えられた票のうち、原告の総会出席者10名に関しては、前述のとおり、賛成票に投じたのは重要な要素に錯誤が存在したので、無効である。そうすると、この10票と委任状出席者のうち原告の委任状出席者9名の計19名が本件決議の無効を主張しており、出席教会議員の2/3(47名中32名)の賛成を充足しない。よって、本件決議は成立しておらず、無効である。
   (筆者コメント:裁判の途中で1名は賛成していないと主張が変わったが、裁判の始まった時点では、その1名も賛成票として原告は主張した。ここにも偽りがある。)


(5)よって、本件決議は無効であるので、請求の趣旨記載の裁判を求める。





posted by Naruo at 00:24| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

最近の状況2:離脱反対信者による裁判の判決文 村上密氏 第1審敗訴

  最近の状況1では、アッセンブリー教団の文部科学省に対する(離脱手続の違法性を訴え認証取消しを求めた)審査請求は2010年12月1日付けで棄却され、その裁決書の要約を記載しました。

  今回は、離脱反対信者が村上氏(前任牧師の娘婿であり、アッセンブリー京都教会牧師)を相談役(代理人:関西教区の牧会倫理規定違反)にして起こした裁判(離脱を決議した総会の取消し及び無効確認の裁判)が2011年3月7日付けで全面的に棄却(裁判費用は全額、原告の負担と)された判決文の要約を記します。


離脱反対信者による総会決議無効確認請求事件 判決 2011年3月7日(月) 要約
*本文中の「P」は判決書の記載ページを示しています。

主 文
 1.原告の2名(柏○、大○)の主位的(総会決議 取消し)請求をいずれも却下する。 
 2.上記以外の原告らの主位的(総会決議 取消し)請求をいずれも棄却する。 
 3.原告らの予備的(総会決議 無効確認)請求をいずれも棄却する。 
 4.訴訟費用は原告らの負担とする。
 

事実および理由 
 本件は、宗教団体である被告の構成員たる信徒であった原告らが、被告においてその上部団体との包括関係を廃止することなどを決議した臨時信徒総会決議に手続き的な瑕疵があったと主張し、主位的にその取消しを、予備的にその無効確認を求めたところ、被告においては、本案前の抗弁として原告の信徒たる地位の喪失を主張し、その当事者適格を争って却下判決を求めたほか、手続き的な瑕疵の存在を争っている事案である。


1.原告らの原告適格の有無について  
  ア)本件総会決議による本件規則変更は、従前の別帳会員の信徒の範囲を、更に拡大するものと解されるから、慣例の確認にとどまらない。また、本件規則変更が有効であるとされたがために、教会会議における議決権を失う事となったと解する余地がある。

  よって、戒規処分の効力の有無に関わらず、教会会議における議決権を有する「信徒」たる地位を回復する可能性を有しているといえ、そうである以上、原告適格を認める事ができる。(P15(ウ))
   
  イ)原告の中の本件総会前に別帳会員であった者(柏○、大○)は、総会決議の有無に関わらず、議決権を有していないので原告適格は認められない。(P15(エ))

  ウ)よって、原告の2名(柏○、大○)の主位的(総会決議 取消し)請求についてはその当事者適格を認めないが、その余の原告らの主位的(総会決議 取消し)請求及び原告らの予備的(総会決議 無効確認)請求については当事者適格を認める事ができる。(P16)
 


2.本件総会決議に至る経緯について
  ア)召集通知について: 規則上、召集通知に関する定めはなくその記載事項や議案書添付の要否など、その内容についての定めも置かれていない。また、過去に召集通知自体に詳細な議案を記載した事もなかった。(P17(ア))

  イ)議案書について: 被告代表者が着任する以前は、総会開始前の昼食時に配布される扱いが常態であった被告代表者が赴任して以来の約7年間は、総会の1週間ないし2週間ほど前に週報箱に議案書が配布される扱いが継続されてきた。臨時信徒総会については、必ずしも定時総会と同様の扱いがなされてきたわけではないが、議事内容が信徒に予め明らかにされている場合もあった。(P17(ア))

  ウ)委任状について: 本件総会に至るまで委任状提出者を欠席者として扱った例はいなく、本件総会に先立ち、委任状提出者以外の総会出席者によって定足数を確保できた場合は、委任状提出者を総会欠席者として扱う旨を信者に告知した事実もない。(P18(ウ))

  エ)議事進行について: 第1号議案から開始され、原告上○から色々質問するなどした後、被告の説明を踏まえて採決を行った。

  その後、第2号議案である本件規則変更の審議に移り、冒頭部分で本議決が否決された場合、責任役員が辞職する意向であるという趣旨の説明が責任役員からなされた後、晃○牧師から説明を受け、辞職を決意した旨の説明がなされ、責任役員からは、かかる事態になったために包括関係から離脱する提案をするに至ったとの説明がなされた。また、被告代表から包括教団から離脱しなかった場合、離脱した場合、そして会計担当役員からの説明もあった。
  
  いくつかの質疑応答の後、1分ほど質問を待った上、被告代表者が順次、規則変更箇所について説明後、質問等なければ審議に移るとして賛成の者に挙手が求められ、議長から全員賛成である旨確認する内容の発言がなされ、特段の異議申し立てもなされず、引き続いて、離脱後の牧師として被告代表者夫妻の招聘を行うという事が決議された。この間、録音されている部分だけでも要した時間は49分に及ぶ。(P20)


  オ)総会時の録音は省略されていない: 上記、議事進行内容での原告向○の供述との対比をすると、晃○牧師が、教団が悪い、いじめられているなどと説明した部分及び35万円払え、謝罪せよ、転勤せよの3つを並列に提示されたという言い方をした部分が省略されているというが、その録音状況に照らしても、特に省略されているとは認められない。(P20(ウ))

  カ)本件規則変更は平成22年5月27日、宗教法人法第28条1項の規定により認証された。また、この認証に対し、包括教団から審査請求がなされたが、平成22年12月1日、その請求は棄却された。(P21(8-ア))


3.本件総会決議の瑕疵の有無について  
  ア)宗教法人法違反の瑕疵について: 宗教法人の所轄庁から認証を受ける手続き(同法第26条1項)で、認証申請の少なくとも2か月前に包括団体に対する被包括関係廃止の通知と、信者らに対し変更案の要旨を示し、その公告が求められるが、この2か月と言う期間については、条文の文言からしても、責任役員会ないし総会における議決の2か月前を意味するものではないと解される。よって瑕疵はない。(P21(1))

  イ)議案内容の事前通知に関する瑕疵について: 被告においては、総会を招集するに際し、議題の内容の輪郭すら分からない程の招集通知の記載で足りるとする扱いを慣例として行っていたとはいい難い。(P22(イ))

  招集通知に議案を添付することまで必要とは解されないものの、重要な議題について議案の概要程度は記載すべきものと解する余地はあり、本件規則変更については包括関係の廃止という重要事項を含むものであるから、「規則変更の件」とのみ記載された招集通知の記載は、その記載内容として不備があるものと考えられる。
 
  しかしながら、そもそも宗教法人においては、総会に関する定めも、それに伴う招集通知についての定めも存在しないし、被告における旧規則においても、総会の招集通知に関して、その発送の要否についてさえ何らの定めも置かれていないところであって、その記載内容についての定めも存在しない。(P22(イ-ア))

  更に、被告において数十年にわたって、議事内容は総会直前に明かされるような運営が行われてきた。その上、議決権を有する信徒は、基本的には総会にも全員が出席し、議案内容についての説明を受け、議論した上で採決する事が前提となっていたと考えられるのであって、議決権を有する信徒の中に、議事の内容如何によって総会への出欠を判断する信徒や、招集通知の記載のみを前提に議決行使をする信徒が多数存在する事は、そもそも想定されていなかったというべきである。

  そうすると、被告における招集通知の記載の不備をもって瑕疵に当たるか否かを判断するのは相当ではないといえ、まして、株主総会決議にあっても裁量棄却が認められている事(会社法831条2項)を踏まえると、本件総会決議について、招集通知の記載に不備があるからといって、直ちに本件総会決議を取り消すべきものとはいえない。(P23)

  また議案書が、本件総会当日ではあるが、総会の数時間前に行われる礼拝前に信徒の週報箱に配布されており礼拝に出席する信徒は議案書を取得したと認められるから、その記載内容からして招集通知に記載されるべき内容と同程度以上というべき内容が信徒に通知されたといえる。(P23(ウ-ア))
  
  また、議案の内容は、包括関係の廃止にかかわる重大事項であるが、そのような議案である事は議案書を見れば一見して明らかである。  

  さらに本件総会に際しては、
  @ 議案内容について相応の時間をかけて内容の説明が行われたほか、信徒との間で質疑応答が繰り返し行われている。そして、その中では包括教団との間で生じた問題についても触れられていること、
  
  A 第1号議案については反対意見を述べた者もあるのであって、本件規則変更についても議決権を行使するに先立ち、採決の延期や、期日の続行を申し出ることも可能であったこと、
  
  B 被告代表者着任以前の議案書配布における取り扱いなどを考慮すると、本件規則変更にかかる議案書の配布時期を踏まえても、被告の信徒らについて議決権行使に先立ち、相応の準備期間があったというべきである。  

  したがって、本件総会における招集通知の記載に不備があるとしても、ただちに本件総会決議を取り消すほどの重大な瑕疵とまでいえない。

  ウ)議案の内容が明らかになる時期が遅れた事により決議に影響が生じたか
   まず、委任状提出者の扱いについては、あえて委任状を提出している以上、議長を介して議決権を行使する意思を有していたと考えるのが自然である。
  
  また、本件総会に至るまで委任状提出者を欠席として扱った例はなく、被告においては委任状提出者を出席者と扱うのが従前からの慣行であったと解される。
  
  また、定足数を確保できた場合は、委任状提出者を総会欠席者として扱う旨を信者に告知した事実もない。よって、委任状提出者も出席者として扱うべきと解される。(P25(ウ))
  
  したがって、本件総会の出席者は47名であり、本件規則変更の決議に当たっては、その3分の2以上である32名以上の賛成が必要となる。  

  ここで、本件総会当日に委任状を提出した9名については、礼拝に出席していたと解され、当然に議案書を取得した上で、委任状を提出したものと解される。 

  そして、議案の内容が規則変更にかかるものであることは一見して明らかであるし、その内容が理解できないのであれば、そもそも委任状を提出する必要性はない。

  したがって、これら9名については、議案書の内容を了知した上で、委任状を提出した者というべきであるから、招集通知の記載内容の不備に影響させることなく議決権を行使した者というべきである。(P26上段)

  そうすると、本件総会に出席し、議決権を行使した24名の信徒についての賛成が認められれば、招集通知の記載内容の不備に影響を受けることなく議決権を行使した者が33名になり、決議に必要な人数(32名)を上回り、このほか、礼拝に参加し議案内容を把握していると考えられながらなお提出した委任状を撤回しなかった者や、本件総会に先立ち委任状を提出していながら本件総会決議の効力を争っていない者がさらに複数あることも踏まえると、議事内容が招集通知に記載されなかった事により、本件総会決議に影響が生じたとはいえないと解される。


  エ)賛成の意思表示をした者に関する具体的な瑕疵事由について:

  原告:堀○○子及び松○○枝については、本件規則変更について説明不足で理解できなかった、何がなんだか分からなかったとする。

  しかし、本件総会に際し、質疑応答の時間が相当程度設けられているが、堀○は説明を求める質問もしていない。そうすると、説明不足で理解できなかったとするその内容は、にわかに信用し難い。

  また、松○は牧師に世話になっており、何でも賛成したとしているが、これは議案内容もその重大性も理解していたが、何でも賛成したとする趣旨にも読めるのであって、そもそも理解していなかったことを明らかにする証拠はない。よって、錯誤無効の主張は採用できない。(P26(4))


  原告:上○○子、平○○子、山○勇、山○○津子については、晃○牧師が涙を流しながら話し、裏の話しを知らなかったので、教団はそんなに悪いのかと思ってしまい、仕方無しに賛成したとする。

  しかし、上○は議案が分からなかったというものの、本件総会の場で質問を発したが、議案内容が分からないという発言はしていない。 

 その余の3人についても、本件規則変更の趣旨は理解していた事は明らかといえ、賛成の意思表示をしたことに関する理由として述べるところは、仮に錯誤があるとしても動機の錯誤にすぎない。

  そして、かかる動機は表示されていないから、賛成の意思表示が錯誤無効であるとはいえない。

  さらに、本件総会において、晃○牧師が、包括教団からいじめられているから教団を離脱すると発言した事実は認められない。したがって、被告に詐欺に該当する行為があったとは認められない。(P27(イ))


  原告:向○敢、宮○○子、山○○喜については、本件規則変更が否決された場合、無牧になって困るという理由で、賛成したとする。また、議案が否決されると役員が総辞職すると言われ、教会の舵取りが行かなくなる、困った事になるとする。

  しかし、原告向○は、説明を聞くうちに教団を離脱する事かと思ったと述べ、質問については他の人が言いたいことを言ってくれたので自分からはしなかったとし、原告山○も不承不承賛成したと記載するなど、いずれも議案内容を理解し賛成した意思表示をしたと認められる。  

  その上で、上記3名の賛成の意思表示をした理由に関する説明はいずれも動機の錯誤に過ぎず、その動機は何ら表示されていない。従って錯誤無効の採用できない。(P27(ウ)〜P28)
  
  また、離脱決議が否決された場合に、責任役員が辞職するというのは、本件総会に先立ち責任役員会で確認されている内容であって、虚偽の説明とは認められないから、何ら欺罔行為が存在せず、詐欺には当たらない。(P28)


  原告:上○○幸については、そもそも賛成していないと主張するが、本件総会の場で全員賛成であることは重ねて確認されており、そのことについてその場で総会出席者から何の異議申立てもなかったこと、他方で第1議案については反対者の存在が明示されている事などに照らすと、本件規則変更について原告上○○幸も賛成したと認められる。(P28(エ))

  以上、本件総会に出席した信徒24名がなした賛成の意思表示はすべて有効であるから、本件総会における招集通知の記載に不備があったとしても、それが本件総会決議に影響を及ぼしたとは認められない。(P28(5))



4.結 論
  

  本件総会決議は取消しに値するほどの手続き的瑕疵が存在したとは認められず、原告柏○らを除くその余の原告らの主位的(総会決議 取消し)請求は理由がない。

  そして、本件総会決議を取り消すほどの瑕疵が認められない以上、本件総会決議に法令違反というべき事情も認められないから、本件総会決議が無効であるともいえず、原告らの予備的(総会決議 無効確認)請求はいずれも理由がない。

  よって、主文のとおり判決する。

神戸地方裁判所尼崎支部第1民事部  裁判官 横井 健太郎



posted by Naruo at 02:44| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

最近の状況1:教団による審査請求の裁決書

 アッセンブリー教団の文部科学省に対する(離脱手続の違法性を訴え認証取消しを求めた)審査請求は2010年12月1日付けで棄却され、また教団離脱反対信者が村上密氏(前任牧師の娘婿であり、アッセンブリー京都教会牧師)を相談役(代理人:関西教区の牧会倫理規定違反)にして起こした裁判(離脱を決議した総会の取消し及び無効確認の裁判)は2011年3月7日付けで全面的に棄却されました。(裁判費用は全額、原告の負担)

以下、今回は教団による審査請求の裁決書の判決文の要約を記します。

 教団による文部科学省への審査請求 裁決 2010年12月1日(水)要約
  *本文中の「P」は裁決書の記載ページを示しています。


 審査請求人(宗教法人 日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 代表役員 細井眞)から平成22年7月23日付けで提起された宗教法人鳴尾キリスト福音教会の規則変更の認証に係る審査請求については、次のとおり裁決する。


主 文

 本件審査請求は、棄却する。


不服の要旨及び裁決の理由
 審査請求人の不服申立ては、兵庫県知事(以下「処分庁」という。)が平成22年5月27日付けで行った宗教法人鳴尾キリスト福音教会(以下「鳴尾教会」という。)の規則(以下「本件規則」という。)の変更の認証(以下「本件処分」という。)は、違法なものであるから、その取消しを求めるというものである。


1.法その他の法令の規定に適合している事
  法28条1項は、宗教法人の規則の変更に関する認証に当たって審査すべき要件として、その変更しようとする事項が法その他の法令に適合している事(同項1号)及びその変更の手続きが法26条の規定に従ってなされていること(同項2号)を挙げ、これらの要件を備えていると認めたときは、所轄庁は、その規則の変更を認証する旨を決定しなければならないとしている。(P4)


2.本件教会会議の招集方法について
  ア)本件規則24条において、教会会議の規定があるものの、教会会議の招集についての具体的な手続は規定されていない。(P4(1))

  イ)鳴尾教会が、議案として「規則変更に関する件」とのみ記載した招集通知(平成21年3月22日付け)を配布したことについて、審査請求人は、そのような招集通知は不十分であり、本件規則に違反していると主張する。

  しかし、確かに、被包括関係の廃止といった宗教法人の組織及び管理運営について根本的な変更を招来することとなる重要な事項を扱う場合には、事前に議案の内容がある程度分かるように知らせる事が望ましいとはいえるが、本件規則には具体的な手続は規定されていないのであるから、そのような招集通知の記載の内容ないし方法のみをもって不認証とすることはできない。(P4(2))


3.本件教会会議の決議について
  ア)審査請求人は、出席者24名に委任状提出者23名を加えた47名が出席し、その3分の2に当たる32名の賛成が必要であったところ、出席者24名中23名が賛成したものの、委任状提出者には被包括関係の廃止について委任する意思がなかったのであるから、委任状を賛成票として取り扱う事はできず、47名中23名の賛成しかなかったことになり、本件教会会議の決議は無効であると主張する。(P5(1))

  しかし、まず、出席者24名中、少なくとも23名が賛成したこと及び委任状提出者が23名であることは、審査請求人も認めている。(P5(2))

  そして、本件規則第41条の「出席した教会議員」に、委任状出席者を含めるのか否かについて特段の規定がないところ、委任状提出者23名を含めた場合、委任状において「一切の権利を総会議長に委任します」と明記されているのであるから、議長がそれらを議決の結果に賛成するものとして取り扱うことが不合理であるとは認められない。(P5(3))

  したがって、議決は有効であると認められ、審査請求人の主張(議決の無効)は採用できない。(P6)

  イ)本件教会会議の議決については、その無効確認を求める訴訟が提起されているが、当該訴訟が係争中であるという事実は、規則変更の認証の要件の確認に影響を及ぼすものではないから、その事実をもって認証することができない旨の決定をしなければならない場合に当たるとは言えない。(P6(4))


4.信者に対する公告及び教団に対する通知について
  審査請求人は、法26条2項及び3項に規定されている被包括関係の廃止についての信者等に対する公告及び包括宗教法人に対する通知について、本件教会会議の前になされるべきであったと主張する。

  しかし、法26条によると、信者等に対する廃止公告については「認証申請の少なくとも2月前」(同条2項)と、包括宗教法人に対する廃止通知については「公告と同時に」(同条3項)と規定されており、本件規則変更が平成21年10月30日付けで申請されているところ、信者等に対する廃止公告は平成21年6月28日から同年7月13日までなされ、また、包括宗教法人に対する廃止通知は同年6月28日付けで送付されている。

  したがって、法26条の規定に従った手続がなされていると認められ、審査請求人の主張(手続違反)は採用することができない。(P6(4))


5.その他の主張について
  ア)法14条2項の活用について: 審査請求人は、法14条2項の活用すべきことを主張するが、同項は、規則を認証することができない旨を決定しようとするときの申請者に関する規定であって、本件処分の場合とはことなる。(P6(5))

  イ)平成16年5月7日付けでなされた本件規則の変更の認証について: 審査請求人は、平成16年5月7日付けでなされた本件規則の変更の認証についても疑義を述べるが、その規則の認証はすでに確定したものであって、本件処分に影響を与えるものではない。(P6上段)


6.結 論

  以上のとおり、審査請求人の主張はいずれも認めるができない。
  よって、主文のとおり裁決する。


文部科学大臣 高木 義明


posted by Naruo at 01:03| 日記 | 更新情報をチェックする

2011年03月30日

はじめに

 鳴尾キリスト福音教会は2010年5月27日付けで日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団より離脱し、単立教会としてスタート致しました。

 この離脱に関しては、教団及び個人が、それぞれ事実誤認(悪意?)に基づく文章を書いています。そして、この事実誤認に対しては、「鳴尾教会の担任教師は、とにかく悪いやつだ」という固定した印象が邪魔をして冷静に判断ができない状態が続き、こちらから発言しても、都合の悪い反論は削除されることも起こっており、正しい情報となっていません。

このブログは、そういう事情から、出来るところから、誤解を解くためのものです。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/

posted by Naruo at 00:12| 日記 | 更新情報をチェックする