2012年10月22日

当教会に関するアッセンブリー京都教会 村上密氏の発言(1)

  つい先日(10月17日)、村上密氏のブログを見たら「鳴尾キリスト福音教会」という題の文章がアップされた。

  「またか・・・。」というか「しつこい」というか、「前任牧師の娘婿」という立場からか、「裁判で勝つ」と教団教職に語っていたのに勝てなかった腹いせか、「逆恨み」か・・・。はたまた、何としても、鳴尾キリスト福音教会に人が集まらないようにと文章を書いているのか。 私たちの内部資金を知り尽くしているかのように書いているところに「推測による断定と断罪」を繰り返す村上密氏の癖(罪)が見える。

  確かに、村上密氏と教団理事会と教団監事の不当介入によって、教会は分裂し、信者は半分になった。 しかし「少数」ではない。昨年と今年、1名ずつの洗礼式もさせて頂いた。また、収入は教会が分裂し、信者が半分になった分、減少した。 しかし、「一般収入が激減し、貯えられた資金を切り崩し」てはいない。神様が助けて下さり、また、支出を抑えつつ「資金を切り崩さず」に教会運営は行なわれているのが実情である。

 一体、村上密氏は何を根拠に一つ一つを語っているのか?

  「推測による断定と断罪を繰り返す村上密氏」と私(山田博)が言うのは、こういう村上密氏の不誠実な文章を書く姿勢についての思いからである。もしかすると、実情を引き出す狙いがあるのか?・・・。そうかもしれない。あるいは、鳴尾キリスト福音教会を貶め、それが離脱反対信者の慰めとなり、しかも自分の対面を保とうという意図があるのか?・・・こちらのほうが実に、現実的だ。


  さて、今回から3回に渡って村上密氏の今年(2012年)4月30日の記事「乗っ取り」に関することを論じたい。

  まず確認したいのは、今回の私(山田博)の文章の範囲を「山田並びに当教会に関係する村上密氏の発言」に限定する。村上氏は多くの事件と絡んでいるので、当教会とは別の事件に関係する村上氏の発言について、私は全く知らない。よって、ここでは「山田並びに当教会に関係する対する村上密氏の発言」に対してのみ論じていることを前提に読んで頂きたい。

  そのことを覚えながら、村上密氏の文章に誤り(デマ)があることを指摘したい。「デマ」の定義も、村上密氏が自身のブログで語っているので、後日、示す。


 以下に、村上密氏の2012年4月30日の「乗っ取り」という記事の文章(抜粋)がある。

  「日本でも某教団ではドイツのキリスト教異端を容認する牧師によって、教会が乗っ取られました。 牧師が役員会で教団批判を繰り返し、情報統制と操作で総会で離脱の決議を成功させました。 教団離脱後、信者の半数強を切り捨てるという暴挙を行いました。これは広く報じられているので、日本での教会乗っ取りの事例として悪用されるでしょう。」

 ここで「某教団」というのは、村上密氏の所属する「日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団」であり、「ドイツのキリスト教異端というのはシュタイナー、そして、それを「容認する牧師」というのは私たちのことであろう。そして、この私たちに「教会が乗っ取られた」というのである。

 この村上密氏の文書は間違った情報・デマである。そのことを以下の3つの点から指摘する。


(1)山田はドイツのキリスト教異端について、村上密氏の理解する容認はしていない。

(2)山田は村上密氏の考える教団批判をしていないし、情報統制と操作はしてない。その根拠も無い。
(3)当役員会は教団離脱後、信者の半数強を切り捨ててはいない。



 今回は(2)について論じ、次回(3)、その次に(1)の順で論じていく事とする。

 さて、(2)ついては、まず前回のブログ「消されたブログ文章」の石原氏との対話を参照して頂きたい。その中で、私が村上密氏の発言に対して語ったのは、


  「私たちが離脱をしたのは、牧会倫理規定やシュタイナー容認を責められ、それから逃れるためにしたのではない」ということである。


  当鳴尾教会役員会は、代理人というあり方を持たない教団が、代理人と称して行動を起こす村上密氏の行動に対して、何度も「関係の無い村上氏の行動を止めるように」と教団理事会に訴えてきた。


  しかし、教団理事会は、教団理事会の議事録の閲覧をめぐって村上密氏から裁判を起こされ、それが教団総会に知られると、教団総会の議員も知らないところで(当然、山田も知らないところで)教団理事会と教団監事と村上密氏が「三者合意書」なる密約を交わし、教団理事会の議事録の閲覧と共に「このような裁判の事態になったのは山田の責任であり、山田に対して処罰をする」ことを決めたのである。 このことが教団総会議員に知られるのは半年以上立ってからの事である。


  教団理事会は、教団総会議員にこの「三者合意書」の説明をせず(当然、承認をとることなく)、山田に対して、この「三者合意書」に基づき、牧会倫理規定違反と異端問題の解決を「謝罪金と謝罪」あるいは「鳴尾教会からの転任」として要求してきたのである。


  当時の教団理事長 内村氏と教団総務局長 細井氏(現理事長)は、山田に対して、この「三者合意書」の存在や要求の経緯を知らせないまま、謝罪金を「牧会倫理を犯したのでその迷惑料」として名張教会の担任教師に支払うか鳴尾教会からの転任を選ぶようにと語った。(後で知ったのであるが、この迷惑料とは名張教会の担任教師津島氏とその代理人の村上密氏が、理事会を相手に「理事会議事録の閲覧請求裁判」をした費用を理事会と山田に対して半額ずつ支払わせるということが分かった。)


  山田はこの話の中で、村上氏の言う「ドイツのキリスト教異端」(シュタイナー)については、どのように山田が悪かったのか、また、しっかり調べたのかと問うたが、担当理事者は“調べてない”と言う返答だった。言うなれば、誤りを指摘することが出来ないと言う有様だった。


  「牧会倫理規定違反とシュタイナー問題」の解決が「謝罪金と謝罪あるいは転任」で済ませられるのか、まして、謝罪金は名張の牧師とその代理人の村上氏が理事会相手に起こした裁判なのに、その費用の半分を山田が払えと、これが解決だと、あるいは、転任したら問題は解決だと本当にそれで終わるのか? 実に大きな疑問が今も残っている。


 まして、公正な調べもせず、また正直に説明もしない。 後には、教団理事長の業務状況を監査する教団監事までが入り、教会住所録(礼拝出席者住所録:交わりだけに使用するようにと語ってきた名簿)の無断使用並びに使用用途の著しい逸脱をして、未信者や小学生、幼稚園児にまで「山田は不正をしている」と、他にもいろいろと嘘の書かれた手紙(この手紙の内容にも驚かされる。離脱となると、嘘まで言いふらして阻止をするのかと言う姿勢が分かる)を送り、挙句の果てには、宗教法人法を知っているはずの各教団理事者・教団監事が宗教法人法を間違って解釈して偽りの情報を手紙に記し、山田並びに当教会役員を責めるのである。


  このような教団(理事会・監事)に対し当鳴尾教会役員会は、謝罪金を支払ったらこちらが間違っていた事を認める事となり、必ず鳴尾からの転任やその責任を負い続け消える事はない、また何を要求してくるか危険を感じた。それ故に教団離脱に至ったのである。


  また、村上密氏の介入は、前任者の津村昭二郎氏が引退をした原因の騒動時に深く関係し、その時も教会に分裂が起り、一部の信徒は教団離脱まで考えていたという経緯からすると、村上氏の2度目の介入に対して、教会役員は個人的な思いから、教団への失望を持ち、離脱の方向へ進んだのは必然である。


  そういう面からしても、牧師が役員会を「情報統制と操作をして誘導した」のではない。これは「推測による断定と断罪を繰り返す村上氏」の発言である。(村上密氏の発言に根拠が無い。)


  また、教団批判というが、批判とは辞書によるならば「是非・善悪を批評し判断すること」である。当鳴尾教会役員会はそう言う意味において教団理事会を批判をしたのであって、村上密氏が言うところの常に批判的(否定的に考える態度・立場を取る様子)ではない。こちらは、教団理事会に対して当役員会と話し合うようにと働きかけをした経緯があるし、村上密氏が教団全体を巻き込む程に大ごとにするまでは、山田は教団理事会の要求にすべて応答して協力してきた事実がある。


  そして、臨時信徒総会においても、教団離脱反対信者が訴えていたような「教団が悪いと言った発言」もないし、自由な発言の機会を奪ってもいないし、強行に離脱の採決に促した事実もない。教団離脱反対信者も数名が質問をし、山田並びに当役員は十分に説明をしている。(裁判所に山田から、臨時信徒総会の録音したものを提出し、裁判所は離脱反対信者の訴えを認めなかった。つまり、教団離脱反対信者が偽りを語ったということ。)


  そのような事実からも、村上氏の文章の中で「教団からの追及を逃れるために離脱を企てた」旨の発言は、根拠の無い「推測による断定と断罪」である。こちらは追及を逃れるために離脱をしたのではない。



  ちなみに、村上氏の言う「教団からの追及」とは、村上氏のブログ2012年1月31日『山田晃美考』によれば「関西教区の牧会倫理規定違反とシュタイナー容認問題」だそうだ。


  まず覚えたいのは、牧会倫理規定違反の件では、大切なことが議論されていない。それは、自分の通っていた教会の担当牧師に失望し「教会を辞めた」と、その教会の担当牧師や通っている信者に告げてきた者(今回の場合は、山田が牧会していた時代の信者)が、その信者を導いた牧師に「私は教会を辞めてきた。キリスト者になるのではなかった」と言って来た場合、その信者に関わって、信仰を捨てないように励まし、その信者の家で礼拝したことが、(その信者の教会籍がまだ残っていると言う理由で)牧会倫理規定違反になるのかと言うことである。


  もし、それで規定違反と言うならば(次回にも話すが)、鳴尾教会を辞めてもいない信者に対して関わった村上密氏並びに教団理事会・監事は牧会倫理に違反していると言うことになる。村上密氏がどんなに、先のブログ『山田晃美考』の中で「わたしは教団からも教区からもそのような指摘は受けたことはありません。・・・そのようなことはないのでどこにも謝罪しません。」と、言わば「関西教区の牧会倫理規定違反をしていない」と『教団と教区が指摘しなかったら規定があっても違反にならない』といったとしても、現実には鳴尾教会の信者に、教会役員会の許可無しに関わったのである。 これが規則を守ることを推奨してきた村上密氏の行動である。


  教団に対して批判的であるのはむしろ、村上密氏である。 昨年、自らのブログで「アッセンブリー教団の危機」と題して何回も教団を批判的に発言した文章がある。(一度は削除されたが再びアップされた。)自浄作用が利いていない教団であることを指摘した村上氏の発言に対し、開いた口がふさがらない。


  山田と鳴尾教会役員会は、このような組織の力で抑え込もうとする、パワーハラスメントではないかと思うような日本アッセンブリー教団理事会と教団監事、また、執拗に難癖をつけてくる村上密氏に対し、今後、何をされるか恐ろしくもあり離脱したと言うことも伝えておきたい。


  しかし、このような教団とはいえ、教職の中には、随分私たちを応援し、助け、祈って下さった方々、今も「元気ですか」とお声をかけてくださる方々がおられる。そのような方々には、大変ご迷惑とご心配をかけ、誠に申し訳なく思う思いで一杯であることを、この場においても、お伝えしたい。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/



posted by Naruo at 02:52| 日記 | 更新情報をチェックする
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