2012年11月13日

当教会に関係する村上密氏の発言(2)

  デマとは何か? 村上密氏の2008年9月9日のブログ「デマを飛ばす人とカルト化の証人」の中で、村上密氏はこう語る。

  「相手を不利な状況に追い込むために、虚偽の情報で中傷することをデマ(デマゴギーの略)と言います。デマを信じ易くするためには、虚偽の中に事実を交えます。読み手や聞き手は知っている事実が含まれるので、間違いないだろうと推測します。ここに誤解が生じます。・・・他者との情報交換によって、さらに憶測が加えられ、いよいよ真実から遠ざかっていきます。」


  当事者として村上密氏の山田に関するブログ文章を読むと、正に「村上密氏の文章はデマ」であると言わざるを得ない。(この発言に反発する方もおられると思うが、ここで語られる文章の範囲は、「当教会に関係する村上氏の発言」に限定しているので、村上密氏の他の事件に関する発言と混同しないように注意して頂きたい。)

  しかし、当事者でなくても、村上密氏の文章をじっくり読んでみると、結論付けている根拠の言葉が「推測」であることが多い。例えば、最近のブログで言えば「『詐欺未遂』ではないでしょうか。」などがそうであろう。


  村上密氏は、法律など専門家から聞いたかのように語ることがあったが、しっかりと根拠などを確認していないと感じる事が多い。だから、今回の裁判にしても、信徒の言い分(偽り)を鵜呑みにして証拠立てをせず、その結果「裁判惨敗」となったのである。また、村上密氏は裁判に負けた後、信徒をしっかりと最後まで導いたのか? その偽りに対してし指導したのか? 村上密氏は、教会をかき回した後は教団理事会に丸投げをして、もうそこにはいない、そういう人物である。誠実さに欠けているのだろう。 そして、裁判に負けた腹いせに、せめて自分のブログで、推測に推測を重ねて結論を語り、そこに自身の思惑を加味し、自分を正当化し、相手の品位を落とすデマ文章ブログを作って、なお山田が悪いと主張している。


  ごく一部の人の間で「村上密氏は有名な人」という心理が「村上密氏の発言は嘘がない」と思わせてしまうのか。いずれにしろ、その人の言いたい言葉にしっかりとした根拠が無いならば、信憑性に欠けていると言えよう。

  さて、「推測による断定と断罪を繰り返す」村上密氏の文章の反論。

前回の2012年4月30日の記事「乗っ取り」に対する第2回目の反論を今回は記す。

 第2回目の反論は
 「(3)当役員会は教団離脱後、信者の半数強を切り捨ててはいない。」である。

  村上密氏は「信者の半数を切り捨てた」と言うが、鳴尾教会側は「信者を切り捨て」てはいない。

  前回も少し触れたが、分裂の発端となったのは、教団離脱を決議した臨時信徒総会(2009年4月)の後である。(信徒総会の時は、通常通り混乱無く、平和的に総会が行われていた。) 村上密氏の教会に家族がいる教団離脱反対信者の一人が、村上密氏に連絡をし、村上密氏は当教会に許可なく、また報告もなく(これが関西牧会倫理規定違反となっているが)、離脱反対信者を市民会館に集め事情聴取を行なった。(そこには教団理事者もいたと言う話が伝わっている)

  村上密氏は後に、教団理事会が後ろ盾となり、教団離脱反対信徒に対しては山田及び当教会役員を非難し、教団教職に対しては山田が「不正をし、行動を起こしている」と情報を流した。そして、山田が教会や教団全体を巻き込んだと主張をした。しかし、教会や教団を巻き込んだのは、本当に山田だったのか? 実はそうではない。 教会や教団を巻き込んだのは、むしろ中傷文書をいろいろなところに送り、冷静に話し合いをしない村上密氏並びに教団理事会であると私は考えている。

  その教団理事会は教団監事と共に、当鳴尾教会の住所録を無断使用並びに使用用途を逸脱して、山田の中傷と鳴尾教会の離脱に関する説明会なる案内書を、未信者、小学生、幼稚園児にまで送付し、山田と信徒の信頼関係を壊した。そして、その説明会の案内書は、当教会役員には説明会当日に到着するように、発送日を変えて送付した事も消印の日付から判明している。 こんな事をしなければ、話し合いが出来ない教団なのかと呆れてしまう。さらに、その説明会になぜか村上密氏も同席。信徒の代理人であると主張し、その契約書?を司会者である教団監事に見せて、出席し続けた。(改選前の鳴尾問題担当理事者は代理人を認めていなかった。)

  そして、この説明会の最後に理事者が言った言葉は「離脱に反対する方は別の所で礼拝をします」というものだった。当教会責任役員は「そんなことをしたら教会が分裂してしまう」と語ったが、「正しい権威に従えばいいのです」との返答。その日以来、ほとんどの教団離脱反対信者は、自らの意思をもって、鳴尾教会の礼拝には出席せず、一信徒の家で行なわれる礼拝に出席している。 教会はこうして分裂したのである。

  その後は、教団理事会も離脱反対信者も「話し合い」による解決へという選択肢はないかのごとく行動が取られた。その一つが、離脱反対信者が教団教職へ送付した山田及び責任役員に対する中傷文書である。(最初の発送業者は、村上密氏が居住する京都七条にある配送センターであった。これは村上密氏が背後で関わっていることの証拠でもある。) そして突然、裁判所からの通知が届き裁判が始まったのである。裁判の訴状については、このブログ内ですでに記録されている。教団離脱反対信者の主張に「偽り」のあることがあからさまになった裁判である。


  さて、村上密氏の言う「信者の半数を切り捨てた」と主張する根拠とは何か? それは離脱反対信者が別帳会員になったことを受けてのことだと主張しているが、「別帳会員」になるということは切り捨てとはちがう。それは間違った解釈である。


  別帳会員とは、信者が長年(2〜3年)音信不通になるとか、戒規を受けるなどがあった場合に、通常の会員とは違った会員籍になる。戒規とは、罪が明らかに重大な場合に、本人にその罪を示し、悔い改めを願い、牧師や長老との個人的指導期間として、聖餐を一定期間遠慮してもうとか、議決権のお休み期間を設けるなどする、教会の伝統的な戒めである。


  この別帳会員などを決めるときが、年度末から1月にかけての会員の確認時期である。これは総会で報告するためでもある。今回、離脱反対信者が別帳会員になったのは、@牧師や役員の中傷文書を教団教職に配布したり、A新来会者に「この教会に来ないほうが良い」などを語ったり、Bこの鳴尾問題に全く関係のない村上密氏を立て裁判を提起した事などの理由により、戒規を受ける立場になったからである。特に「代理人」は教団の規則や慣習には無い。教会の中で問題があれば教団の理事者が対応してきたし、名張教会との問題の時には教団理事者も代理人は認めないと文書で回答をしていた。だから山田並びに当教会役員は教団理事会との話し合いで進めてきたのであって、関係のない人物の登場をこちらは認めていない。故に、教会秩序を乱している村上密氏を代理人とする事は大きな問題として扱っている。


  「代理人」の最大の問題は「まかせっきり」になり、自らが善悪を考えて行動することを辞めてしまう傾向が強いと言うことである。実際に、係争中に信徒が何も無かったかのように挨拶をしてくるのに、とても驚いたことがある。「係争中なのでは・・・」と話すと、「まかせっきりなので・・・」という反応である。

  当役員会は離脱反対信者に対して戒規についての「話し合い」をするよう個人的に手紙を送ったが何も返答は無かった。後に、村上密氏が教団離脱反対信徒に対して「個人的に牧師や役員と話すことをしないで・・・」と伝えた文書が見つかっている。 このようにして、話し合いは無いかのような態度に対し、離脱反対信者は別帳会員籍となったのである。 こちらは、彼らが戒規になった理由を理解できるならば、別帳会員でなくなる時期があることを考えている。よって、当教会は「切り捨てて」はいない。また、教団は「山田は信徒を排除した」と語ったが、そのようなことも無い。


  離脱反対信者が本当の意味で「切り捨てられた」と感じるのは、「切り捨てられた」という言葉をかけられた時である。誰が「切り捨てた」と言ったのか。それは村上密氏である。村上密氏が信者に対して「あなたは切り捨てられた人です」との言葉を発したときに、信者は「切り捨てられた」というイメージで生きなければならなくなったと言うことを、村上密氏は分かっていない。

  別帳会員について言えば、吉祥寺のブログで「敵対する信徒を別帳に切り分けて宗教法人としての教会総会を開催し、教団から教会を切り離して単立の宗教法人に変更して乗っ取った」などという記事があるが、デマ文章であることを記しておく。 総会前に別帳会員になった信者は一人もいない。


  裁判(原告敗訴)が終わり、すでに県庁からの離脱認証が確定(教団からの審査請求は棄却)と言う中で、教団は離脱反対信者の群れに対して、2011年に「鳴尾純福音伝道所」を設立。今年2012年4月に、担任教師も派遣された。2012年3月の時点で伝道所に来ているのは5〜6名ということである。(関係者の証言)


  その他の信徒はどうなっているのかわからないが、一つ分かっているのは、裁判の最中に、一人の原告信者から連絡があり「切り捨てられたから「小羊の群れ」で再洗礼を受け、そこに加入した」と言うのである。「洗礼は1度きりである」と同時に「切り捨ててはいない」旨を説明したが、だめであった。一体、別な所で礼拝を指導した理事会及び担当教師は、離脱反対信者に対しどんな牧会をしてきたのだろうか?とても残念である。


  いずれにせよ、鳴尾純福音教会(伝道所)に通う教団離脱反対信徒は誰一人、転籍届けや退会届を、未だ鳴尾キリスト福音教会に提出していない。ということは、村上密氏の言う関西教区の牧会倫理規定に立つならば、手続き上、彼らは別帳会員であっても鳴尾キリスト福音教会の信徒である。そして、牧会倫理違反を犯しているのは、教団理事会であり、村上密氏ということになる。


  別のところで礼拝をするよう信徒を切り離し、教会を分裂させたのは理事会であるが、当教会は除籍もしていないし、切り捨ててはいない。 嫌だと言ういう人に手を差し伸べても難しいが、帰ってくれば迎える準備はある。お互いに冷静になる時間が必要だ。



 鳴尾キリスト福音教会については以下をご覧いただきたい。

 鳴尾キリスト福音教会 http://www.naruogospel.com/
 
 人生で悩んだ時に読む言葉 https://naruo-gospel.com/



posted by Naruo at 00:25| 日記 | 更新情報をチェックする
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